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□困惑エブリデイ
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「鬼灯様、こちらの書類にサインお願いします!」

一人の大柄な獄卒の男性が机に向かう鬼灯様に書類を差し出した。

ここは彼の執務室。様々な地獄で起きた事柄の集約場所である。

膨大な書類の山は彼の仕事量をそのまま表しており、有能なこの鬼神は周囲も認める地獄のNo.2だ。

忙しなく動かしていた筆を置いた鬼灯様は彼を一視した後、わかりましたと書類を受け取り内容に目を通す。

仕事中でも部下の申し出をタイムロスと思わないその態度は彼の人柄の良さが伺え、正に上司の鏡と言える。

――――そんな中、私も書類を提出しようと執務室に訪れているのだが…、私は目の前の大柄な獄卒さんの後ろに隠れるように身を忍ばせている。

正直厳粛なこの雰囲気に相応しくない行動であるのは理解している。

なのに何故そんな事をする必要があるのかというと、それもこれも理由があるのだ。


内容に目を通した鬼灯様がペンを手に取りサインしようとした刹那、

「……おや?」と首を傾げた鬼灯様は書類から私にピントを合わせた。









「蓮華さんじゃないですか。私のサインが必要なんでしょう。ほら早く持って来なさい」

「え、いや!私は後で大丈夫です……、っ!」

目敏く見つけて来た鬼灯様に丁重にお断りしたのだが、彼の視線は、今書類を提出した私の前にいる獄卒さんに向けられていた。

しかも鬼灯様の吊り目が一層吊り上ってしまっていてもはや般若………、ああ、もう手に負えないパターンになってしまったと理解した私は肩を落とした。

八大地獄No.2に凄まれれば誰だって逃げ出す程の破壊力。彼も例に洩れずすかさず飛び退いた。

―――……こうなる事が嫌で隠れていたのに!

「ほら、譲って下さったみたいですので蓮華さんこちらへ」

「…………はい」

理由はこのような贔屓も同然の事が頻繁に起こっているからで……、周りからは

『羨ましい』と言われるか、『ドンマイ』と肩を叩かれるかなので、


どうやら私は鬼灯様に気に入られているか、もしくはいじられているかのどちらからしい。




――――………



「それにしてもお前も大変だよな〜。あの鬼灯様に気に入られてんだもんな!」

「唐瓜、それは慰めてくれてるのかな?それとも馬鹿にしてるのかな?」

昼休憩中の食堂で向かい合うのは同期の唐瓜。鬼灯様の理解し難い行動の唯一の相談相手である。

彼とセットである茄子ももちろん同期だし仲も良いのだが、彼は本人の前でポロっと零しそうなので相談相手から速攻除外した。

「この前は大釜の付喪神がいやに駄々捏ねてさ。ベテランの先輩でも手に負えなくて私と先輩とで鬼灯様に助けを求めに行ったんだけど……、








『自分で解決する力を養いなさい。それでも貴方獄卒ですか』

って怒った後、何故か私には、

『蓮華さん素早い報告ありがとうございます』

って褒められた上に頭撫でられたんだよ?しかも耳に当たるから撫でられるとこそばゆいし…!」

最後のはどうでもいいが、自分だけが怒られないという疎外感はハンパなく、どうせなら私も一緒に怒って欲しかったというのが本音だ。

これでまた『贔屓されている』だの『媚びるな』等、言われる可能性が上がるではないか。…今まで言われた事がないのが奇跡だよ。

あとで先輩に謝り倒したらいつもの事だからと先輩からもお咎めがなかった。その対応を見ると、その先輩も他の方々も皆、本当に心の広い方ばかりだ。

それ以外でも昼休憩が被れば問答無用で隣に引き摺られるし、先輩獄卒と話していると何故だか先輩を睨むし、最悪殴るという奇っ怪な行動を取る鬼灯様。

私が彼に何かしてしまったのだろうかと常に考えてはいるが、その答えは未だに謎のまま。

「………何で鬼灯様のターゲットになったんだろ」

「ターゲットって……暗殺される訳じゃねーんだからさぁ。というかなんとなく理由わかるけど」

「…やっぱりこの耳と尻尾かな?」

唐瓜の視線の先。自分の頭頂部に付いている尖った耳を触ってみる。

獄卒は鬼だけではない。動物や虫、UMA等という様々な種で構成されているが、私はその中で人狼という種に属している。

鬼灯様の動物好きは有名だ。勿論私も狼の耳と自慢のフサフサ尻尾が生えているが、

「シロくん達は十割動物だからモフモフしたい気持ちもわかるけど、私なんて人型九割、獣属性は一割なのに」

私の見た目はほぼ人だからモフモフ対象ではない筈。

愛くるしいシロくん達は私から見てもモフモフしたい対象だし、けれどそうなるのは小さな身体やつぶらな瞳といった素晴らしいオプションが搭載されているからだ。

だから耳と尻尾だけでオプションのない気に入られる理由がわからない。








「いや、お前の場合その一割があるだけで十割以上の効力を発するからなんだと思うけど…」

そんなもんなのだろうか?でも、

「そっちだったらいいけど、何か別の理由でいじられてるとしたら恐いよ。ほんといつか仕留められるかと思うとすっごいヤダ」

「嫌なんですか?」

「嫌だよ、だって私まだ死にたくないもん」

言い様、水を含んだ私の目に真っ青で私の横を指差す唐瓜が目に入る。何て顔してるんだ、と心の中でツッコミながら指差す方に身体ごと向ければ、


「そんなに嫌ですか?私に気に入られるのは」

あ、出る。と思った瞬間、勢い良く吹き出す水飛沫。だが予め予期していたのか鬼灯様はどこからか出したお盆でブロックして難を逃れた。

けれどもその反動は唐瓜に向かい、私の吐いた水で今や顔面びしょ濡れだ。さほど量がなかったので彼の着物に被害がなかったのが唯一の救いである。

「な、何するんですか鬼灯様!!ってか冷たっっ!!」

「床を濡らすのは些か良くないですし、それに唐瓜さんなら大丈夫だろうと見越したんですがね」

「おれは床以下ですか―――っ!?」

「というか驚かせてしまいましたね。蓮華さんは濡れてませんか?」

「私は大丈夫ですけと唐瓜に被害が」

「そうですか、濡れなくて良かったです」

「鬼灯様ぁあああっ!?」

発狂する唐瓜を見事にスルーする鬼灯様にもはや頭が痛くなる。何でこの人は私を気に入ったりなんか……、

思考を巡らせていた私は、あれ?っと鬼灯様の言葉を思い返す。








『そんなに嫌ですか?私に気に入られるのは』


気に入られるのが嫌?って言ったよね、鬼灯様。――――えっと……、


「………鬼灯様、私の事気に入ってくれてるんですか?」

素直に今の気持ちを口にすると、「今更ですか?」と私の隣に座った鬼灯様は指で耳を優しく触った。

直に来る感触と普段の何倍も優しい声に素直に反応した私の心臓は今、物凄いスピードで脈打っている。

―――……え、ちょ、これ何!?落ち着け落ち着け落ち着け!!

心の中で延々と唱えるも目の前の鬼灯様を見続けているので全く効果なし。

目を逸らせばいいのに何故か視線を外す事すらできない私は只固まるしかなかなく、大人しく耳を触られ続けるのであった。

「そういえば貴女が先程提出した書類、いくつかミスがあったので直しておきました」

「ちょ、鬼灯様!私それじゃ伸びないですから!またミスしちゃうのでお願いですから叱って下さい―――!!」

――――鬼灯様に気に入られているか、もしくはいじられているのか……。

どちらかといえば気に入られているらしい事は分かったものの、この人の底知れない行動に今後は別の意味で翻弄されるだろう。

……そんな予想にこの先心臓がいくつあっても足りなくなるかも、と不安になるのだった。



(ちなみにさっきは隠れてるつもりみたいでしたが、尻尾が丸見えでしたよ)

(え、)


後書き


みるみる様、リクエスト有難うございました!

ヒロインと周囲とのツンデレの落差が激しい鬼灯様との事で、こんな感じに仕上がりました。

今回は頭撫でる振りして耳に触れたい鬼灯様。というのが裏にあり…。他は分かりやすいデレですが、本当のデレは隠した感じで書いてみましたが、如何でしたでしょうか?

気に入って頂けると幸いです!

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