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□紹介状
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「……あれ?此処はどこだ?」

気が付けばなんとも物凄い光景が眼前に広がっていた。


――――紹介状


ゴツゴツした地面に薄暗い空。木は生えてるけど全て枯れ木だし、向こうの方にとんがった山が見える。しかも周囲には人っ子一人いない。

「…確か、家の裏山で晩ご飯に食べるたけのこ探してたよね私」

そう、さっきまでは緑生い茂る山に居たのだ。なのにどうしてこんな荒れ果てた土地に…、

「あ、そうだ。井戸見つけて…蓋外して覗き込んで……あ、」

ようやく思い出したのは山育ちの私ですら見たことない井戸を見つけ興味津津で覗き込んで足を滑らせすってんころりんした事だった。そこで記憶が止まっている。

突如浮上する一つの考えに、サァっと全身の血が引く感じがした。

「もしかして、私死んだとか?……や、ヤダよ!あんな地元民の私すら知らない井戸なんか絶対誰も見つけてくんないじゃん!

てか明日鬼灯の冷徹の新巻出るのに!鬼灯さんの活躍もう見れないじゃんかぁあああ!」

頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ私は大声を上げて喚くが、こんな得体の知れない土地じゃ優しく手を差し伸べてくれる人すらいないだろう。

一度死を受け入れてしまえば次々と出てくるやり残した事が涙や鼻水に比例して流れて来た。

「うわぁあああんっ!!たけのこ狩りなんか行かなきゃ良かったぁあああ!!」

「うるさいですね。何泣いてるんですか」

突如聞こえた声にピタリと涙が止んだ。まさか優しく手を差し伸べてくれる人がいたなんて!そう嬉しさの余り笑顔で振り向けば視界いっぱいに黒い物体。






「へ?」

情けない声を漏らした私がゆっくりとその物体に焦点を合わせると、物体の正体は金棒だった。それから視線を上に逸らせば、

「ほっ!ほ、ほおっ!ほほほっ!?」

「変わった笑い方しますね、貴女」

鬼灯さんんんっ!?え、此処地獄!?どどどどーしよ!

「貴女亡者ですか?でも白装束じゃないですね」

ぐわし、という効果音が一番適しているだろう。しゃがみ込んだ鬼灯さんは私の頭を力一杯鷲掴みにした。しかも前髪から覗く双眼は今にも人を殺せそうな程恐ろしい。

痛い、死ぬ程痛い。顔なんて痛みに我慢できず歪みまくっているだろうけど…

やべ、違う意味でお得すぎる。これなに、俺得的な?こんな仕打ち絶対ファン卒倒しちゃうよ?猪木の気合入魂的な感じになっちゃうよ?

だがこのままだと私の魂ごと捻り潰されそうなのでなんとか痛みに耐えながら事情を説明すると言えば、呆気なく解放された。

「そうですか。では早く吐きなさい。私は忙しいんです。というか何処の地獄ですか貴女」

早口に言いのけるあたり本当に忙しいのだろう。パンパンと手を叩いて催促までされた。

「っつ―――…!私が言う前に頭鷲掴みましたよね…!というか私死んだんですか!?」

痛む頭を抑えながらまくし立てれば「は?貴女裁判受けました?」と素っ頓狂な顔をする鬼灯さん。

裁判って秦公王から始まるあの裁判だよね。それなら私の記憶がぶっ飛んでなければ受けていない筈。

「受けてません!井戸に落ちたら此処に居ました!」

立ち上がり気をつけして言えば、一瞬の間の後盛大に溜息を吐かれた。

「篁さんの件以来、あの穴は塞いだ筈ですがまさか他にもあったとは…」とぶつぶつ呟く彼に、一瞬で納得した。

どうやら私はあの篁さんとは別ルートだが同じ方法で地獄に来てしまったらしい。







……ちょっと待って。てことは漫画の通り死んだらこんな地獄が待ってるっていう事?

「ありがとう!私死ぬまで精一杯生きる!」

「…何訳のわからない事言ってるんですか。一応本当に生者か確認しますので私に着いてきてください」

そして鬼灯さんは来た道を引き返して行くが気になる事が一つ。

「あ、あの……お忙しかったんじゃ…」

さっきの口ぶりからして何か大事な用でもあったんじゃないかと心配になって聞けば、

「いえ大丈夫です。ある者を貶める準備をしようと思っていただけなので」

鬼灯さんの言った『ある者』が言わずもがな白澤さんだと理解できた私は、そのまま彼に着いて行く事にしたのだった。

――――――……


「やはり亡者のリストにはないですね」

「…っよかったぁ……!」

閻魔丁へと案内された私は応接室のような部屋で待つように言われ、そして十五分程して戻ってきた鬼灯さんから告げられた言葉に心底安心した。

「では現世までお送りします」

「え!もうですか!?」

「……何ですか、現世に未練がない質ですか?」

「あ…いえ…、すみません。お邪魔しちゃ悪いですよね…、ほんとすみません…。すぐ帰ります…」

そっか、もう帰んなきゃならないか。そりゃ当たり前だよね…、私まだ死んでないし…。

叶う筈もなかった鬼灯さんと会えた。そんなびっくりイベントにテンションが上がっていたが、現実はそんなに甘くはなく夢のような話ももう終わり…。







「はぁ……」

うつ向き無意識に出ていた溜息は虚しくも宙に消えていった。

「…………一つ条件があります」

パタンと先程まで見ていた亡者のリストを閉じた鬼灯さんは人差し指をピッと立てた。そんな彼に視線を上げる。

「貴女、事務作業はできますか?」

「は、ちょ、え?」

「いいから答えなさい」

「一応仕事は事務ですけど…」

「でしたら今日一日手伝ってください。正直猫の手も借りたい程忙しかったので。できますか?」

いや、猫の手も借りたいくらい忙しいなら白澤さんを貶める為の時間は必要ないんじゃ…という言葉が喉まで出てきたが、此処は飲み込んで…。

「やります!やらせてください!お願いします!」

「はい、わかりました。でしたら此処に氏名、住所、連絡先を記入してください」

紙とペンを手渡された私は氏名・住所・連絡先と書かれた欄に言う通りに記入する。そこからはこれ程までか!というくらいコキ使われ、終わりの目途がついたのは深夜をまわっていた。

「お疲れ様です。助かりました蓮華さん」

固まった肩を一人揉んでほぐしている私にお茶を持ってきてくれた鬼灯さん。礼を言って受け取り飲めば、疲れが一瞬和らぐような気がした。

「いや、そんな大袈裟な…。無理言ったのは私ですし」

「それでも蓮華さんが手伝って下さったので徹夜勤務がなくなりました。ありがとうございます」

「と、とんでもない!頭上げてください!それに手伝わせてもらって勉強になりましたしっ」と頭を下げる鬼灯さんに手をぶんぶん振り伝えれば、頭を上げてくれた。刹那、








「…っ、―――――あれ、」

ふと視界が揺らいだ。と同時に強力な睡魔に襲われる。

「効いてきましたね。すみません、一服盛らせて頂きました」

「な、んで…」

「昔と違い、現代は様々な情報が行き交いますからね。念の為貴女の此処での記憶は抹消させて頂きます」

マジか…、せっかく会えたのに―――。

「忘れ、ちゃうんですか……?鬼灯さん、の事…」

ダメだ、眠い。瞼が重い…。

もうあと十数秒あれば眠ってしまう現状の中、手に何かを掴まされる。

「現世での生が終わったら、必ずこれと一緒に焼いてもらいなさい。そしたらまた此処で働けるようになります」

その紙が何かを確かめる前に、瞼が落ちてしまった。

最後に見た鬼灯さんの顔はどこか優しく微笑んでいるような気がした……。


――――――……


「……あれ?此処はどこだ?」

気が付けば生い茂る緑が眼前に広がっていた。しかも日が昇って間もないようで薄く霧も出ていた。…何で裏山にいるんだろ?

………そうだ、私たけのこ狩りしてて……ま、まさか寝たの!?こんな所で!?

「……って寒っ!早く帰ろ……ん?」

朝独特の冷え込みに震えながら立ち上がろうと手を着いた時、カサリと手の中で落ち葉とは違う感触に見下ろす。そこには一枚の紙あった。











紙を掴み広げれば、真っ先に黄色い付箋に目が行った。


「えっと何なに?


『この用紙を現世での生が終わったら、必ず一緒に焼いてもらいなさい。

そしたらまた此処で働けるようになります。鬼灯』


……鬼灯って…、え?あの鬼灯さん?ってな訳ないよねぇ〜」

でも小さな付箋にには達筆な字で確かにそう書かれていた。

そして紙自体は紹介状らしく、中には天国・地獄に関係なく地獄へ訪れた際は獄卒への採用を斡旋します。等も書かれていた。

しかも下の方にはちゃんと私の字で自分の名前も住所も連絡先までもが書かれているではないか。

「私の字だよね…。こんなの私書いたっけ?」

記憶を辿れど全く身に覚えのない紙に一瞬気持ち悪くなったが、どうしてか捨てる事はできなかった。


「もしかしたら本当になるかもしれないし、なーんてね。う〜寒い!帰ろっ」

不思議な紙を綺麗に折ってポケットに入れた私は山を下り帰路に着いた。


それから天寿を全うした私がずっと大事にしていたその紙と共に地獄へと向かうのは、まだまだ先の事…。


――――紹介状

(鬼灯さんありがとう。私死ぬまで精一杯生きました)

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