short

□Lonly easily
1ページ/1ページ








「おはよう蓮華ちゃん」

「………は?」

朝日が窓から射し込む気持ちのいい今日この頃。

ふと目が覚めて起き上がれば何故か自分は下着姿。しかも寝ているベッドは私のベッドではない。

待て待て、私…何した?

回らない頭を無理やり回転させれば次々と断片的ではあるが思い出す昨夜の事に、頭がズキズキと痛んだ。

頭を抱えながら呆然とベッドに座り込み窓の外を眺める私を呼ぶ声に振り返れば、にこにこと笑む男が一人。


……ついに私もこの男の餌食になってしまったようだ。


――――lonely easily







ドンガラガッシャ――ン!と扉を破壊し家具を巻き込んでコントのような音と共に吹っ飛ぶ男こそこの家の主、白澤さん。

もちろんそうなった原因は私にあるのだが、今の私の怒りのメーターは頂点に振り切っている為に全く謝罪の言葉も一切ない。

「い、痛いよ蓮華ちゃん!朝からハードすぎるよっ!!てゆーか蓮華ちゃん服!」

「仕向けたのはあんただろーが!この淫獣!!」

「酷いなぁ…、昨日はあんなに可愛かっ…ぐはっ!!」

「おいおい、止めて頂けませんか?朝っぱらからそんなふしだらな話は」

未だ止まない減らず口を塞ぐように下着にシーツを巻いた格好の私はその場にしゃがみ、うつ伏せに倒れる白澤さんの頬を片手で鷲掴み目を合わせるように持ち上げた。

「敬語は敬う時にするもんだよ!言葉と行動がちぐはぐだよ!」

「まだ口を開きますか。…あと今から息の根を止めてさしあげるんですもん。そんな方には最後くらい敬意を払わないと」

「え、僕死ぬの決定なの?なんで!?」

「自分の胸に手を当てて聞いてみやがれですよ」

「いや、もはや敬語なのか命令系なのか意味わかんない事になってるから!」

本当にしくじった。

昨日、極楽満月での仕事が終わってから「お酒付き合ってよ、奢るからさ」って白澤さんに言われて着いて行ったはいいものの、

まさか酔い潰れるまで呑むなんていう失態を侵すなんて…。今まで培ってきた数百年の実績が、一夜にしてパァになってしまった。

女関係は男として底辺なこの男も薬学の才に関してだけは魅力的だったから今まで着いて来れた。

だから何度も修羅場を目の当たりにしても我慢できたし、私には手を出さないという安心感もあったのに。

なんで、…なんで今なんだ。

白澤さんの顔から手を離し床にへたり込んだ私は色々な事が頭を駆け巡り、それによって自然と目に溢れる涙は一雫頬を伝って流れた。






「……白澤さんの、馬鹿。何で、私に手、出したの…っ」

途切れ途切れに溢れる出る言葉。その時ふわりと体を覆うのは白澤さんの白衣。

突如覆われた温もりに止まる事を知らないように流れ続ける涙。

「ずっと、私に手出さないから、安心してたのにっ。白澤さんから仕事…、認められてるからだ、って…!」

涙の理由はこれだ。本当は悔しいのだ私は。

白澤さんが普段相手している女の子達と私は違うと、そう思っていた。どんなに女遊びが生き甲斐のような男だとしても心底尊敬していたのだ。

私に手を出さないのは仕事ぶりを認められているから、離したくないと思ってくれていると…そう信じていたのに。

「私は、も…っ、いらないんですか?もう、白澤さんと一緒に、いられな………ッ!?」

途切れた私の声は、私を丸ごと包み込むように抱きしめた白澤さんのせい。ぎゅうっと強い力を込められ声を発する事ができない。

「蓮華ちゃん違うよ?」

優しい声に息を飲む私の目から涙が引っ込んだ。

「君をずっと此処に置いておきたいからだよ?」

締めつけから解放された私は今、白澤さんと向き合う形に。すると白澤さんは私の目に溜まる涙を優しく指で払った。

壊れ物を扱うようなその指先にドキリと胸が鳴った。

「蓮華ちゃんはさ、勘違いしてるかもしれないけどさ。僕はずっと君の事認めてたし、それにずっとこうなりたいとも思ってたんだよ」

「え?」

「けど蓮華ちゃん、全然僕の事見てくれないんだもん。仕事の時の僕ばっかでさ、僕自身は全然なんだもんね」

やれやれと言った感じで両掌を天に向ける白澤さんの言葉に、これから言われるであろう言葉に違う期待が膨らむ。だが、









「独立、考えてたんでしょ」

「っ!?何でそれ…」

思いもよらない言葉が紡がれ声を荒らげてしまった。

「桃タロー君から聞いた。『もう私の役目は終わったかな』って言ってたみたいだし」

白澤さんの言う通り私はおいおいこの店を引退するつもりだった。桃太郎君という出来の良い後輩ができ、私が居なくても店が回ると判断したのもあるが、

正直私は寂しかったのかもしれない。私が居なくてもやっていける現状を見て。

「っだって、桃太郎君が居れば私がいなくても大丈夫だと」

「そこが間違いだよ。だって僕、蓮華ちゃん居ないとダメになっちゃうから。仕事も生活も何もできなくなる」

そう言って頭に乗せられた手は優しく私の髪を梳いていく。

「それに昨日言ってたよ?『白澤さんにとって私は必要?』ってね」

「なっ!私そんな事言ってない!」

「いーやっ、言ってたね。僕ちゃんと聞いたもん。まあ無理もないよね、昨日の蓮華ちゃんかなり飲んでたし」

「う…、」

馬鹿だ私。酔った勢いとはいえそんな事言えば優しい白澤さんの事だ。慰めてくれるのは当たり前で、昨夜のような関係にもつれ込むのも頷ける。

結局私は寂しさをこの人にぶつけて、この人はそれを受け止めてくれただけなのだ。

「白澤さん、昨日…、私の質問に何て答えたの?」

質問した事もその返答も覚えていない私。昨日の私は白澤さんの返答にどう反応したのかが知りたい。

「それはね、」

そこまで言って止めた白澤さんはゆっくりと私に顔を近づけ唇を一瞬合わせ、次には嬉しそうな笑顔を見せた。







「『君がいないと生きてる意味もないくらい、君が必要だよ』って言ったんだ」

それは……、

「…凄まじい殺し文句。そりゃあ私もコロっと行くのもわかるね」

「そうでしょ〜?どう?お気に召した?」

「……及第点、かな」

「え!?渾身の台詞が及第点って、そりゃないよ蓮華ちゃん!」

カラカラと笑っていた白澤さんの顔が驚きと落胆で百面相を繰り広げる。

「だって、それは仕事のって意味?それとも違う意味?」

「あ、成る程」

私の言いたい事がわかったのか、パンっと手を合わせる白澤さん。私よりも何千年、もしかしたら何億年以上生きるこの男はたまに爪が甘い。

けれどそんな男に今、どうしようもなく恋焦がれてしまった私もまた爪が甘いのかもしれない。

「仕事ももちろんだけど、これからもずっと僕の一番大切な人として僕の隣に居てくれる?」

「……浮気したら許しませんけどね」

「はは!だ、だいじょーぶだよ!」

「吃るなこのエロ魔人」

ずっと閉じ込めてきた。私の中でこの人は尊敬する上司という枠にいるって。だけど本当は、ずっと前から……。

(いやあほんと、昨日の蓮華ちゃん可愛かったんだよ?いつもはつんけんしてる子がデレるから僕参っちゃったよ〜!ツンデレ最高だねっ)

(わーわーっ!ヤメて恥ずかしいからっ!!)

――――lonely easily(寂しがり屋)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ