astragalus2

□あの日のプレゼント
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「飲みに来たの久しぶりですね〜。現世ぶりかぁ…」

「まあ、こちらで再会してからという物…忙しさに拍車がかかりましたからね」

「こうしていられるって事は少しは落ち着いたんですかね」

そう言って蓮華が首に巻いたストールを外そうと手を掛けたのだが、

「………鬼灯さん、この手…なんですか?」

蓮華が怪訝そうに見下ろすのは何故かストールを掴む鬼灯の手。といっても、外せば大っぴらになる痕を隠す為の行動なのだが、蓮華はその事実を知らない。

問い掛けても返答はなく、只痛い視線を送られ続けた蓮華は憮然と頬を膨らませた。

「食事中なので外そうかと思ってたんですけど、何か外しちゃいけない理由あるんですか?」

お行儀悪いですよ。と蓮華に言われてしまえば、鬼灯も真実を語るしかない。身を乗り出して口元に手を添えた鬼灯に、蓮華は耳を寄せた。

「……痕、付いてるんですよ。昨日の時のあれで」

バリトンボイスが耳に直接語りかけた事も相まって、真実を聞かされた蓮華の顔の温度は一気に上昇した。同時にその痕が付いた原因も思い出してしまった為に、顔を隠し奇声を発した。

「うぇええっ!?……あ、明日からの仕事どうしよ、」

一番に気にするのはやはり仕事。如何に夫婦といえど、休み明けに見せびらかすような物ではない。しかも自分は日本地獄ではまだ新人。後ろ指差されるのは極力避けたいのだ。

悶々と悩む蓮華を現実に呼び戻すかのように、このタイミングでビールを運んできた定員に、噛みまくりで礼を言った事がトドメになり、さらに頃垂れた蓮華。











「……まあ、消えるまでそのストールを巻いていればいいですよ。喉が痛いからとか言えば大抵不審がる事もないでしょう」

そう言ってグラスを差し出す鬼灯に「そうですかね……」と不安げにビールを注げば瓶をやんわり取られ、彼女もグラスを差し出した。

「私が官吏の立場でなければそんなのは公にしてもいいんですけどね。その方が虫が寄り付かない」

「………なんかそれ、独占欲の塊みたいな発言ですね」

「おや、お嫌いですか?昨日の夜はあれ程受け入れ…」

「うわああああっ!言わないで言わないでっ!!」

まさかこんな場所でネタにされるとは思っていなかった蓮華は、慌ててグラスを置いて両手をあわあわと振った。

「……冗談ですよ」

「冗談抜きで今、完璧に言いかけましたよね!鬼灯さんの変態」

「いいですねそれ。罵られたらその倍で仕返ししたくなりますが、構いませんか?」

「構わないですよ、なんて言う訳ないじゃないですか!もぉ……」

話し込んでいた為に泡が無くなったビールのグラスを蓮華はむくれた顔で差し出せば、それに応じて鬼灯もグラスをぶつける。

「とりあえず、ビールがぬるくなっちゃうので飲みましょう!」

そう言ってグラスを傾け一気に飲み干した蓮華を見た鬼灯はハァとひとつ溜息を吐く。

「…本当に蓮華さんは酒好きですね」

「私酒乱じゃありません」

「そこまで言ってませんよ」





しれっと言い放ちビールを飲む鬼灯さんに怒りを感じる所か、その喉元に目が行ってしまうのは一体全体どうしたのだろう私は。

そう自問自答する蓮華だが、ごくりごくりと美味しそうに燕下する度に動く喉仏から目を逸らすとちらりと見えた赤色。

襦袢に隠れて殆ど見えないが、座って少々崩れた隙間から見えたそれに思わず「あ……」と声を漏らしてしまった。

それに気付いた鬼灯がどうしたと聞けば、赤いそれを指差す蓮華。

「なんですか、藪から棒に………あ。」

怪訝な表情で蓮華が指差した箇所を辿って行けばようやく彼女が何を言ってるの理解したと、鬼灯も声を漏らした。

「……なんか年甲斐ないですね、私達」

「……―――あ、そういえばストラップの話ですが、石の意味ってご存知だったんですか?」

珍しく空気に耐えられなくなったのか話を変える鬼灯に、蓮華も助かったとばかりに鬼灯に乗っかる。

「いや…、そこまでは把握してませんでしたけど……。はっ!もしかして何か縁起の悪い意味だったりしました!?」

「そういう訳ではないんですけど、…知りたいですか?」

「うぅ……、はい。できれば…」

ずずいと机に乗り出す鬼灯に気圧されながらも答える蓮華に、

「情熱的な恋、燃えたぎる愛情、強い怒りと信念」

「え?」

「それがこの石の意味ですよ」

その内容に目を見張る蓮華とそんな彼女を真顔で見つめる鬼灯。鬼灯の表情とは違い、段々と顔が赤くなる彼女に鬼灯の心に突如真っ黒い感情が湧き上がる。










「無意識とはいえ、そんなに私の事を想っていたんですね。この石の意味、実はリリスさんから聞いたんですが彼女はこうも言ってました。

その石を渡した子に愛されてると。しかもその感情は狂おしい程に、とも」

突如リリスとの会話と蓮華の考えとが一致した。

まだ鬼灯と加々知が同一人物だと気づいていなかった時。リリスに聞かれた石と自身が渡した石の特徴が似ていると言った時に、彼女は確かに言ったのだ。

すぐにわかる事だから、と。

あれはそういう事だったのかと、今更ながらに知った真実と羞恥に蓮華が頭を抱え言葉を失っていると、

「だから年甲斐ないなんて言わず、素直な感情を私にぶつけて頂いてもいいんです」

突如囁かれた甘い言葉に蓮華は抱えていた頭を上げた。

「貴女はそんなでも、根は悪魔でしょう?だったら求める欲求も人の何倍もあるんじゃないですか?」

その言葉に蓮華は首を横に振る事は出来なかった。何故ならそれが彼女の本質であり、願いだったからだ。

ただどういう訳か、それが鬼灯相手となると欲求をぶつけても一蹴されるのではないかという弱さがあった。

仮にも彼は八大地獄のNo.2。自分なんかの欲求以上に己の欲求に忠実でそれでこそ鬼神と呼ばれる所以だと思っていた。けれど今、蓮華の目の前にいる鬼灯はどうだろうか。

考えて見ればいつも彼女に寄り添い、意見を突っぱねる事はあっても故意にする訳ではないし、話を聞く姿勢をいつも取ってくれている。

そんな彼に向き合わないと、と考え直したのが昨夜。蓮華は暫く考えた後、鬼灯の言葉に頷いた。









「……私、結構顔に出るタイプなんです」

「知ってます」

至極優しく答える鬼灯に口をついてさらに出る言葉。

「それに臆病です」

「それも知ってます」

「たまに周りが見えなくなったり…」

「蓮華さん、そんなに自分を卑下するのは止めなさい。もっと私に反抗する貴女が見てみたいくらいなのに」

「…はい。――――え?」

おかしいな。なんかいい雰囲気だったのに突拍子もない事を言われた気がしたけど、幻聴かな?

そんな蓮華の考えは思い過ごしでもなく、

「そんな大それた感情を持ってるのに内に秘めるなんて勿体無い。

普段は誠実な性格の裏に隠しているどろどろとした感情は獄卒向きだとは思っていましたけど、実際は事務ばかりでしたしね。

拷問の方に行きたい時はいつでも斡旋しま…」

「いいですいいです!私は事務仕事が向いてると自負しておりますので、お気遣いには至りません!!」

話に熱が篭もり身を乗り出す鬼灯にとんとん拍子に話を進められた蓮華は、両手を振り、心の底から拒否の姿勢を示す。

すると「ま、冗談ですけどね」と言った鬼灯の目が先程言った事は本気だと語っているように見え、絶対に近々拷問に連れて行かれるんだと心の中で覚悟したのだった。
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