astragalus ブック

□加々知さんとの事を聞かれる
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週明けの月曜日。朝からオフィス内では電話が鳴り響いていた。

皆が忙しなく電話を受けたりパソコンのキーボードを物凄いスピードで打ち付けている中、ホチキス止めに専念する私の頭に固い何かが乗せられた。

驚いて見上げると「お疲れ」と笑顔を私に向ける女性先輩がいて、頭に乗るのは彼女が持つバインダーだという事が判明した。

「深田さん何して…」

「いや〜葉山ちゃん、最近いい事あったでしょ〜?」

「え?」

いつも何かと気に掛けて下さる先輩こと、深田さんに唐突に言われた言葉でホチキス止めをしていた私の手が止まる。

「あ―――ッやっぱり!もしかして新歓で仲良く話してた彼?」

私の反応を見て、それが肯定の意と捉えた彼女は上機嫌に聞いてきた。

そういえばこの人…、新歓の席替え前に「ここで新入社員の淡ーい恋愛が始まる事もあるから頑張って」と言っていたような―――。

「仲良くって―――、普通ですよ?」

「そんな事言っちゃってッ、最近の葉山ちゃんとっても楽しそうなんだもん」

「いやいや…そんな事ないですよ?」

なんだろこのガールズトーク…。地獄も現世も女性という生き物は、この類の話は大好物なんだよなぁ…。

















そう意識が飛んでいた私だったが、ニヤニヤと視線を送り続ける彼女に「なんですか」と見返すと、「うふふ」と何やら不気味な反応が返って来た。

「葉山さん可愛いから大丈夫だと思うけど、あの加々知くんって子…結構人気あるみたいだから気を付けてね」

彼女の言葉に「あのですね、」と加々知さんの事を否定しようと口を開いたが、


「女は度胸よ!」


そう言って私の肩をポンと叩いた深田さんは、そのまま颯爽と立ち去って行った。誤解を解く間も与えてくれず、言いたい事だけ言って去る彼女を見送っていた私だったが、


「……加々知さん、モテるんだ…」


ここがオフィスだという事も忘れて口にしてしまった言葉。すぐ我に返り、誰かに聞かれていないか慌てて見渡せば取り越し苦労だったようで、相変わらず皆仕事に専念しているようだった。

ホッとしたのも束の間、今日はやる事が多いんだ、と深田さんの言葉を頭の隅に追いやりまたホチキス止めに専念した。


―――――――……


「今日はお昼食べる暇もなかったな…」

あれから休みなく働き続けた私はデスクのパソコンディスプレイの時計を見た。

『16:03』

丁度就業の一時間前だ。

粗方仕事も落ち着いたので席を立ち、取れていなかった休憩を多少取ろうと飲み物を買いに財布を手に社内食堂へと向かった。





















「あ…」

食堂前まで来ると、中にある自販機前で佇む加々知さんを見つけた。深田さんと先程まで話していた手前会い辛いのもあるが、先週のお礼を言わなければと意を決して食堂の扉を開いた。

「加々知さんよく会いますね」

そう声を掛けると、私に気付いた加々知さんは「おはようございます」と挨拶をし、さらに「まぁそんな時間でもないんですけど」と微かに眉間に皺を寄せた。

おそらく加々知さんも忙しかったのだろうが、出会った当初は気付かなかった彼の表情の変化が見て取れ、自然と笑顔が零れた。

「まぁ会社内ですからそうなりますよね。あ、おはようございます」

「はい、おはようございます」

自然と話が出来ている事に安堵しつつ、自販機の前まで来た私は財布のチャックを開けた。

「何飲むんですか?」と聞いてきた彼に、「昼食を取り損ねたから甘い物をと思って」と苦笑いしながら答えると、

「じゃあちょっとカロリー高めがいいですね」

私の話を聞いた加々知さんは「これなんてどうです?」とキャラメルラテを指差した。

「そうですね、じゃあそれにします」

彼のおかげであっさり決まった飲み物を買う為財布からお金を取り出していると、加々知さんはズボンのポケットから小銭を取り出しそのまま投入口に入れた。

次に先程私に勧めてくれたキャラメルラテのボタンを押せば、それによって音を立てて落ちてくる缶。一連の動作を眺めていた私は、小さな疑問をぶつけた。



「加々知さんって甘いの好きなんですか?」

「そうですね…嫌いではないですが」

そう言った加々知さんは、何を思ったのか取り出したキャラメルラテを私に差し出した。



















「え……私に?」

「本当に貴女は馬鹿ですね。普通気付きませんか?私がキャラメルラテってイメージじゃないでしょうに」

そこまで言われて私はまたやってしまった、とボーっと見つめていた頃の自分を殴りたくなった。

「でも…」

「でもと言われても私は違うのを飲むつもりなので受け取ってもらわないと逆に困ります」

なんとも上手い言いくるめ方だ。そう言われてしまえば断る事なんてできないのに……。

未だ差し出す彼の手から冷たい缶を受け取ると、「ではまだ仕事がありますので」と言って食堂から出て行く加々知さん。

「ありがとうございます!」

扉が閉まるか閉まらないかの間際、伝えたお礼が聞こえたのか一瞬立ち止まった彼はこちらに振り返り会釈してまた去って行った。


「この前のお礼…言いそびれちゃった…、ってあれ?加々知さん、飲み物買って行かなかったな…」

しばらくそのまま立ち尽くしていて思い出した当初の目的と彼の奇怪な行動。お礼は今日帰ってから電話で言うとして、今日のノルマを終える為に私も自分のオフィスへと戻ったのだった。


――――――……


『そうか、お前の報告を聞いている限りでは、動物園は良かったようだな』

「はい、本当に許可して頂いてありがとうございました」

『何度目だそれを言うのは。……とりあえずご苦労だったな』

ほ、褒められた!ベルゼブブ様に永きに渡りお仕えして来たけれど、初めて褒められたッ!
























「あ…ありがとうございますッ」

『……お前はまた――――、まあいいだろう。あと二週間、気を緩めるなよ』

「かしこまりました!この蓮華、誠心誠意任務に励まさせて頂きますッ!!」

『――――蓮華…そろそろ一度戻――ってまたッ』

また?とベルゼブブ様の言葉の意味を考えていると、前回同様携帯を強奪されたのであろう彼の携帯からはリリス様のお声が聞こえて来た。

『蓮華〜、アタシ』

「リリス様……またベルゼブブ様から携帯を……」

『いいのいいの。それより…デートはどうだったの?』

「で、デートではな…」

『ないとは言わせないわよ〜?』

有無を言わさぬリリス様のお言葉に「はい…」と観念した私は、加々知さんとの一日の内容を話しだした。

相槌を打って下さっていると思えば、時折クスクスと笑うその妖艶なお声に、多少詰まる事もあったが私の話を最後まで聞いて下さったリリス様。


―――――………


「…という感じで……」

『なるほどねぇ〜。で、アナタはその人の事どう思ってるの?』

「どう…と言われましても……、彼は現世の人間です。私とは違う世界の人間で―――」

彼と私は根本的に違う。いつも浮かぶその気持ちに嘘はない。でも……、

















『でもそれは建前、でしょ?』

「……リリス様は何でもお見通しなんですね…、ただ―――正直よくわからないんです」

わからない。―――それが私の本心で…、加々知さんの事をどう思っているのか未だハッキリしない自分の気持ち。だけど彼の行動や言動に一喜一憂させられている事には気が付いている。

――――ただ…これが恋という気持ちなのか、それが正直わからないのだ。

『蓮華、その答えが知りたいのならその人と話す事が一番の最善策よ?』

「え?」

『恋かどうかわからないのなら…その人と一緒にいる時の自分に問いかけてみる事ね。そうしたら自ずと答えが出る筈だから』


―――だから、自分の気持ちから目を逸らしちゃダメよ?


そう言ってリリス様は『とりあえず今度一回帰ってらっしゃい。女同士でお話しましょ?』と言葉を残して電話をお切りになられた。



通話終了の電子音が響く中、リリス様の言葉を思い返していた。



「恋かどうかわからないのなら、その人と一緒にいる時の自分に問いかけてみる事…か……」


これが経験の差なのか。的確なリリス様のアドバイスは、私の心の霞みを吹き飛ばしてくれた。

リリス様に言ったわからないという気持ちは本心だったけれど、もしかしたらどこかでストッパーが働いていて、無理矢理考えないようにしていたのかもしれない。


パンっと自分の両頬を叩き気合い入れた私は、明日会えるかもわからないが、加々知さんとの時間を作ろうと心に決め、まずはお礼を伝えようと悩みの相手へと電話をかけたのだった。










第09話→加々知さん考える

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