ディバゲ

□忘れ物
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「スフィアー、居る?」
扉をノックするものの返ってくるのは静寂だけ。執拗にノックをしてみるが、変化はなかった。居るのならばいくら忙しくてもめんどくさそうにそろそろ出る筈だった。おもむろにドアノブを捻ると、扉はあっさり開く。
「あれ、鍵の閉め忘れ?」
多少の罪悪感もあるものの、一旦開けてしまえばよく上がっているし、と部屋に上がる。本がずらりと並び、他は必要最低限の物しか無いのはこの間来た時と少しも変わって居なかった。だからこそ、机の上に置いてあったバングルに目がいった。奇妙なデザインをしているものの、常にスフィアが肌身離さずにつけて居た事をヘルヴォルは知っていた。
「こっちも忘れたのかな?珍しー」
ヘルヴォルはふと、届けようかなと思った。そもそも今日は他の北欧神は出掛けていて誰も居ず、暇だったからこうしてスフィアの元を訪れていたのだ。よし、と決意すると、すぐさま神界を後にした。


「……で、この案件についてなんだが……」
英雄の言葉が頭に入って来ない。スフィアはひたすら感じる違和感に頭を悩ませていた。原因は忘れてしまったバングル。いつも身に付けているせいか酷く落ち着かないのだ。これじゃあ、こっちの調子が狂わされるだけだとイライラが止まらない自分に更に怒りは募っていた。

この会議が終わったら取りに戻ろうと思っていると、会議室の扉が音を立てずに僅かながらも開く。たまたまスフィアが扉に近いせいもあってか、それに気付くものの、他の皆は気づいていない模様だった。ひょっこりと顔を覗かせるのは、ここでは見かける事がそう簡単には無い筈のヘルヴォルにスフィアの思考は一瞬停止する。取り乱してしまいそうにもなったが、ここは他の皆も居る。普段の態度もあってそんな姿は見られたくなかった。焦るスフィアにヘルヴォルは何処か楽しげに笑っている。なんなんだあいつは、ととりあえず話に集中しようとする。終わったら絶対に締め上げると考えているのが暴露たのかそれとも無視されたのが気に食わないのかヘルヴォルは少し顔を顰めると勢いよく扉を蹴り開ける。
「ちょっと!折角届けに来たのになんで無視するのさ!」
頬を膨らませるヘルヴォルと驚きと焦りに硬直するスフィア、何事だと話をそっちのけて扉を見る世界評議員。しかし、そんな事には目もくれず、スフィアの元にすたすたと向かうとバングルを押し付ける。
「これ、忘れ物ね。あと部屋の鍵し忘れてたよ」
「あ、あぁ……って、なんでお前って、はぁぁ、後で話は聞くから帰ってろ」
「えぇー!構って貰おうと思ったのにー」
「後で相手するから部屋に戻ってろ」
「ちぇー、けちー」


ぶーぶー言いつつも戻るヘルヴォルに溜息一つ。視線をギンジの方に戻すと、すっかり自分の所為で会議を乱してしまっていた。否、正しく言えばヘルヴォルの所為なのだろうけれども、全ては忘れ物をした自分のせいだ。
「お前も大変そうだな」
英雄の言葉にただ頷くと、再び会議は始まった。

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