その他

□お嬢様と兄と俺
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カタンカタンと食器がぶつかる音とキャスターのタイヤが転がる音が廊下に響く。雪も降っていない青が眩しい空から差す光は廊下をのどかにしていた。朝の準備も一通り終わった屋敷は使用人たちもがのんびりした一時を過ごしていた。
「お、お嬢様…!?何をしているんですか!?お茶ならミーリャが淹れますよ!?!?」
手の込んだ装飾が施されたポットやティーカップを乗せたワゴンを押すソフィーヤの元にミーリャが慌てて駆け寄る。
「いいのよ、ミーリャ。これからお兄様が来るから私が淹れるの。私の淹れる紅茶が美味しいって言ってくれたのよ」
「で、でも…」
渋るミーリャに大丈夫と言い続けるソフィーヤ。
兄、ジドラモが帰ってくるのは実に2年ぶりであった。遊学の為に各地を旅する彼は中々家に帰って来ることが無い。それもあってか、ソフィーヤの心は弾んでいた。楽しそうにワゴンを押す彼女にますますミーリャは歯痒く感じていた。
「早く来ないかしら…!」
普段の大人びた優雅な振る舞いとは少し変わった幼さが今のソフィーヤにはあった。一段と輝く瞳は青空を映す。
「早くいらっしゃるといいですね…!あ、ミーリャは何かお菓子の方準備してきますね!」
ミーリャが駆け足で去ると屋敷が徐々に賑やかさを増していった。


「…なぁ」
「何だ?」
「この間の冬想祭でお前に彼女出来たってマジかよ…」
晴天とはいえ空気は冷たい。まだ昨日の大粒の雪が降ってきた時と比べたらマシだったが、それでも厚着が欠かせなかった。
除雪されていた所に薄っすらと残っていた雪はほぼ溶け、貯められていた雪の塊が所々に残っているだけだった。
そんなリュビーの街にヴァレリーとティレーズは来ていた。
「まぁ、そういうことかな」
「一昨日の飲み、お前早く帰っただろ。あの後隊長が散々嫉妬していたぜ。隊長、あまり酒強く無いくせにガバガバ飲むからすっかり酔い潰れたんだよ。家にまで運ぶの大変だったんだからな」
「隊長…」
尊敬の対象である筈のバルトロメイの醜態にヴァレリーは憮然とした表情を浮かべた。
「で、俺はこれからその…ソフィーヤの元を尋ねるんだけれども、そういやお前の用事って?」
「あ、ああ…いや、ほら、さっさと行ってこ…」
「ヴァレリー!!!」
聞こえる筈の無い声が背後から聞こえる。振り返りたくないという思いとは裏腹に振り返っては、情けない顔をしたバルトロメイがヴァレリーの元に駆け寄っていた。
「な、なんですか隊長…!?」
二日酔いが治らないと唸っていたバルトロメイを確かに置いて来た筈だった。丁度リュビーに用事があるとどこかせわしないティレーズが着いてきただけで後は誰もいなかったのに何故ここに居るのかとヴァレリーは疑問に思った。
「キャンディスから聞いたぞ…お前またあのソフィーヤちゃんの元に行くんだってな…」
羨ましいと眉間にしわを寄せながらも嘆くバルトロメイはとても年上には見えない。泣き叫ぶバルトロメイに通り行く街の人々の視線が痛くなるのをヴァレリーは痛感していた。
「隊長、二日酔いは治ったんすか」
「だ、だってよ、ヴァレリーがお、おおお女に会いに行くって聞いたらそりゃあ、寝てられないだろ!」
「あんたって人は…」
「ま、隊長らしーな」
「そうだけど…」

「また大量の石像を…」
あっけにとられるミーリャの手前には数え切れない程の大小様々な石像が積み上げられていた。
「家に置くにしても場所取っちまってよ。ここなら広いし、いいだろ?」
「み、ミーリャはいいと思うのですが、ソフィーヤお嬢様は…?」
ソフィーヤの方をちらりと見てみるとウーグを象った石像を手にしては目を輝かせていた。
形を指でなぞってはほう…と感嘆した。
「大丈夫だろう。それにここは無駄に広いからな。広過ぎて落ち着かん」
「お兄様は今色んな地域の民家を転々としているものね。ふふふ、私も庶民の暮らしを学んでみたいわ」
微笑ましく会話を交わす二人を見るとやはり兄弟なんだなとミーリャは実感した。
ジドラモの険しい顔つきに乱暴な口調はとても優しい笑みを浮かべるおしとやかなソフィーヤの兄とは思い難い。一目みて兄弟だと分かる者はそう簡単には居ないだろう。
「ミーリャも見ない内に大きくなったな。どうだ、噴進砲には慣れたか?」
「はい、もちろんです!ちゃんとミーリャがお嬢様をお守りしています!」
「そうか。よろしく頼んだぞ」
ミーリャの頭を軽くポンポンと撫でると、気恥ずかしそうに照れていた。

「…家、広くね?」
見渡す限りの立派な屋敷はまさに豪邸の響きが似合う位であった。呆気に取られるティレーズにヴァレリーははっと気づく。
「そういや、ティレーズには話してなかったな。実はお嬢様なんだよ…」
「まじかー…あ、もし結婚したら式呼べよ。飯食いに行く」
「お、おう?」
「ヴァレリーが結婚!?認めん!俺は認めんぞ!」
「なんで隊長が否定するんすか」
駄々をこねるバルトロメイを冷たく突き放す。何度か訪れた事があるとは言え、屋敷の規模には圧倒されてしまう。
今日の目的は先日の調査で会った古物商から購入した一冊の本を渡しに来るというものだった。ハードカバーの年季が入ったファンタジー小説、紙はいい状態で保管されていただろうか日焼けはしていないものの、カバーの表面には傷がついていた。
流通が少ない為中々彼女でも手に入らない品らしく、しかしこんなにも古ぼけた本なのだ。渡すのにも気後れしてしまう部分があった。軽く掌を握ると小さく息を吐いた。
「俺、行ってきます。隊長はともかくティレーズはどうするんだ?」
「あー…なんか居ないみたいだからここで待ってる」
「居ないって?」
「あっ、ち、違う!まぁ、気にすんな」
独り焦るティレーズを不思議がるものの誤魔化される一方。彼なりの事情があるのだろうと妥協すると、恨めしそうに嘆く隊長を横目で確認する。着いてこない事を確認しては、屋敷に一歩足を踏み入れた。
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