東京レイヴンズ

□飲み屋の席にて。
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「…って、ことがあってさ」

それまで黙って木暮の話を聞いていた大友が、ごふっとむせた。

久しぶりに休みが重なったので、こうして安い居酒屋で飲んでいるわけだが、
この腐れ縁の同期は、穏やかに語らう時間すら与えてくれなかった。

「……いや、洒落にならへんて」

ようやく、大友は言葉らしい言葉を発する。

彼の言う通り、
もしそのあと木暮が名前に手を出したというなら、本当に洒落にならない。

当たり前だ。
名前は独立官として働いてはいるが、まだ18歳の未成年である。

しかも、木暮や大友にとっては幼少期から面倒をみてきた半ば弟子のような存在だ。

そんな彼女に、同じ独立祓魔官―国家公務員の木暮が…となれば、
ただでは済まない。

もちろん、木暮もそんなことはわかっている。

「いや、何もしてないって。…あ、なんだよその目は!」

と慌てて弁明した。

大友は呆れと、若干の軽蔑を混ぜた眼差しで木暮をみている。
おそらく、木暮の反応をみて楽しんでいるのだろう。

だがしばらくして、はぁっと大げさなため息をついた。

「ほんで、名前も、どこでそんなセリフ覚えよってん」

呆れの対象が移行してホッとしたのか、木暮はビールを口にする。

「大連寺が入塾のとき言っただろ、
『春虎先輩はファーストキスの相手です』って。
その話をどっかで聞いたらしい」

「あー…」

「名前も年頃だからなぁ、
やっぱり気になったんじゃないか」

「……オッサン臭っ」

「えっ」

大友は目の前の卵焼きを口に放り込みながら、名前を思い浮かべる。

彼女は幼いころから、大人しくしっかりした少女だった。
義務教育は受けていないし、学校に通ったことはないが、常識は人並みだ。

ただ、所謂“恋バナ”をする友達も居ない。
思わず木暮にそんなセリフを吐いてしまうのも仕方ないのかもしれなかった。

「でも、陣も思わないか?
名前も大人の女になったなぁ…とかさ」

「……禅次郎、そんなん言ううちはアイツの部屋行かん方がええで。
……失職したくなかったら、な」

感慨深いかんじな木暮とは対称的に、
大友は冷静な声色で言った。


その後も二人は不毛な会話を続け、
夜は更けていった。
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