その他

□いっそ盛り上がっちまえ!
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「…どうした、浮かない顔をしているが」

稽古の合間、そう言ったのは蒼世だった。
浮かない顔というのは空丸の表情のことである。
稽古に付き添う、蒼世の奥方・名前も同じように思っていたらしく、
心配そうに空丸を見つめている。

「師匠、聞いてくださるんですか」

「辛気くさい顔をされても鬱陶しいだけだ。言え」

「はい…あの、実はもうすぐ宙太郎…弟の誕生日で。
何かしてやりたいんですが、思い付かないんです」

空丸の言葉に、蒼世は大袈裟なため息をついた。

「…くだらん」

と、その話をそれ以上広げようとしない。
自分で聞いておいてそれはないだろうと思うが、硬派な彼に誕生日パーティーの発想は無いだろう。
空丸は苦笑して、手持ち無沙汰に木刀を弄った。

すると、そんな空丸をじっと見ていた名前が、ふとこんなことを言った。

「弟さんは、お兄様方と一緒に美味しいものがたくさん食べられたら、それで充分だと思いますけどねぇ」

確かに、と空丸は頷く。
いつもより少し奮発して飯を用意するだけでも、宙太郎は喜ぶはずだ、と。

「でも……あいつ、前に、学校の友達が両親や親戚集まって食事をしたって聞いたのを話してて。
うちは親父もお袋もいねぇから…」

なんだか、やるせなくて、と微笑むのが、名前にはグサリと刺さった。
恐らく、黙っている蒼世も何かしら思っているだろう。

名前は、しばらく口許に手を当てて考えていたが、やがてチラリと蒼世を見やった。

「…なんだ」

「あなた、いいですよね?」

「……好きにしろ」

要領を得ない会話に、空丸は首をかしげている。
無愛想な蒼世とは裏腹に、穏やかに笑う名前が

「天火様と錦様と豺の皆さんに…ああ、比良裏様たちもお呼びして、みんなでお祝いするのはどうですか?」

と提案したのにも、はじめ空丸はポカンとしていた。
やがて意味を理解すると、

「いいですよっ!そんな、みんな忙しいんだし…」

などと申し訳なさそうにする。

しかしそこで、蒼世がぶっきらぼうに言い放つ。

「それでも行く理由くらいは、充分にあると思うが」

と。

曇大湖の息子ということはもちろんだが、豺の皆だって心ある人間。
親のいない少年の誕生日を盛り上げたいという兄の気持ちにくらい、応えられると言いたいのだ。

空丸はまたしばらくポカンとしていたが、やがてバッと頭を下げた。

「大人数で、寒い季節というと、やはりお鍋がいいでしょうか。
豪勢に牛鍋にしてもいいですね」

と、名前が笑う。

宙太郎の誕生日がちゃんと祝えるのは彼女のおかげだ、と空丸は感謝しつつ、まだ見ぬ牛鍋と宙太郎の笑顔に想いを馳せるのだった。
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