その他

□鬼は花の夭折を望むか
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「あら、それは何ですか?」

と、鬼灯に尋ねるのは、彼の最愛の妻である名前。
そして、彼女が指差すのは、彼が持っている写真集だ。

「ああ、これは…。木霊さんが貸してくださったんです。
現世の山とか海とか…一口にいうと“自然”の写真集だそうで」

鬼灯は食後のお茶をすすり、隣に座る名前にも見えるように写真集を広げる。
現世の人でも息を飲むような、美しい自然。
紅葉が映える青空とか、満開の桜並木とか。
地獄ではお目にかかれない風景に、名前はパッと目を輝かせる。

彼女は元々は平安時代の貴族階級の女性だ。
若くして亡くなり、本当なら天国行きのところ、鬼灯に声をかけられて今に至る。

「これは何ですか」

「露草ですね。朝露が光って美しいですね」

「じゃあ、これは?お山がふたつ」

「富士山です。湖に映っているんですよ。逆さ富士といいます」

「まぁこれが!とても綺麗…。
在原業平も見たのでしょうか…」

鬼灯はその言葉を聞いて、思わず顔をあげた。

思い出すのは、千年ほど前。
ひょんなことから浄玻璃鏡で見た生前の名前。

寂しそうな表情で、伊勢物語を読みながら

「業平のように、私も本当の富士が見てみたい」

と呟いていた。

その美貌に似合わぬ悲哀の色に、

『彼女を幸せにしてやりたい。望むことをしてやりたい』

と思ったのだ。

――まさか、そんな直ぐにこちらに来るとは思いませんでしたが…。

などと思いながらも、自分の青い行動に苦笑する。

彼女は転生しようと思えばできるのに、鬼灯と結婚したためにその道を断たれた。
結局はエゴで彼女を妻にしたわけだから、罪悪感がないといえば嘘になる。
普段は合理的でドライな鬼灯も、こと名前に関してはそうではないようだ。

しかし、黙りこんだ鬼灯に対して、

「ふふっ、鬼灯さまと結婚してよかったぁ」

と、先手を打つかのように名前が笑った。

「露も富士山も、物語や和歌でしか知らなかったのです。
こうして写真だけでも拝見できて嬉しい。
もし貴方と会えなければこんなに嬉しいことには巡りあえませんでした」

と続ける彼女に暗さやねちっこさは無い。
鬼灯は幾分か安心して、ホッと息をつく。
そして、このことに関してそれ以上何かを言うのはやめた。

「あっ、これは何ですか?」

とページを繰りながらはしゃぐ名前の相手をしながら、美味い茶をすする。
それがこんなに幸せなこととは。

鬼灯はバレないように苦笑して、それから名前の笑顔を満足そうに眺めるのだった。
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