その他

□ばら色の頬に慈しみを
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中庭で金魚草の世話をしている鬼灯に、そっと近づく女性。
軽くウェーブした黒髪を肩に垂らし、紺色の着物を身に付けており、“清楚”の見本のような出で立ちだ。

彼女は鬼灯のすぐ近くまで行くと、控えめに声をかけた。

「今年も大きくなりましたねぇ」

「…名前さん、どうしてここに」

鬼灯は心底びっくりした様子で彼女を見つめる。

どうして、というのは他でもない。
彼女が獄卒ではない一般市民であり、また、鬼灯の妻だったからだ。

「お弁当、お忘れでしたので」

と、平然と言ってのける名前が持っているのは金魚草柄の巾着。
鬼灯は脱力しながらそれを受け取って、もう1度じっと彼女を見下ろした。

「ありがとうございます。
今日は久々に食堂に行かないといけないかと思ってたところでした」

「いえ、いいんです。今日のは新作だから絶対食べてほしいなぁと思っただけですし。
…それに」

「それに?」

「今日は、お仕事で閻魔庁にお泊りになるんじゃないかと、そんな気がしたので。
明日の夕飯まで家のご飯を食べないのって、寂しくないかなって」

結婚前に鬼灯が使っていた寮の部屋は、今は宿直で泊まるとき専用になっている。
残業(閻魔大王がサボると発生)するときに使うのが主で、鬼灯は今日もそうするつもりだった。
しかし、まだ名前には言っていなかったはずだ。

「どうして、今日は泊まるってわかったんですか?」

「何となく、です」

「…貴方のそういうところ、私には敵いそうにありません」

「鬼灯さまの方が私より色んなことを知っておいでですよ?
なんせ、地獄のトップツーですからねぇ」

「いや、そういうことではなく…」

はぁ、と鬼灯は大きくため息をついた。

家を開けて申し訳ないとか言う暇を与えないために、彼女はこういう話し方をしている。
それがわかっているから、ため息も一層大きくなった。

「…明日は、早く帰ります」

「夕飯は何がいいですか?」

「貴方が作るものなら何でもいいです」

「また、そういうこと言って。激辛麻婆豆腐にしちゃいますよ?」

「…辛いもの以外なら何でもいいです」

「はい」

名前はパッと花が咲くように笑って頷く。
少し赤く染まっている頬が、純粋な喜びのためだとわかる。
鬼灯はその表情をしばらく黙ってみていたが、やがてグイッと距離を詰めた。

そして、その頬にキスを――

「…鬼灯さま。職場でこういうことをしては、示しがつきませんよ?」

――キスを、落とすことはできなかった。

幾分か上手な彼女に苦笑しながら、鬼灯は

「出口まで送ります」

と声をかけた。

喜びに、少し照れが混じった彼女の頬は、さっきまでよりもばら色に染まっている。
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