その他
□真夏に浮かぶ
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「苗字さんは平気なんッスよね〜…」
呟くように言った黄瀬の言葉に、3年生マネージャー・苗字名前は苦笑した。
黄瀬が言いたいこと。
それはつまり“主将(=笠松)は女子が苦手なはずなのに名前は平気なのは何故か?”ということであろう。
「徐々に慣れた感じッスか?」
「ううん。最初から普通に話してたよ。だから…結構悩んだ」
「悩んだ?」
「女子として見られてないんじゃないかーって」
「ああ…」
名前は黄瀬と話しながらも、ドリンクをつくる手を止めることはない。
1年生のときよりも幾分か手際が良くなったはずだが、
その頃は今より色んなことを考えていた気がする。
それこそ、
笠松が女扱いしてくれないとか
逆に森山はしつこいとか
他のマネージャーは仕事の大変さにどんどん辞めていき…自分一人しか残らなかった、とか。
しかし、先輩たちが引退して笠松が主将に就任したころ、彼に言われたのだ。
「マネージャーとはいえ、同じチームだから…その…なんだ。
これからも、よろしく…頼む」
と。
普段よりたどたどしい言葉で。
笠松が自分を、女子とか男子とか関係なく“チームメイト”として扱ってくれていると知った。
だから、余計なことは頭の隅にも置かず、
“チームのため”に仕事をこなせるようになったのだ。
笠松との関係は、そういう風にできていた。
黄瀬は、黙りこんでしまった名前に首をかしげる。
そこに、笠松がドカドカと近付いてきた。
「オイ、黄瀬!なにサボってんだ!!」
「うわっ、センパイ…」
「『うわっ』じゃねーよ!ほら、戻れ!」
自分より背の高い後輩を慣れた様子で扱う笠松に、名前は笑みをこぼす。
黄瀬がコートに戻ったあと、ふと、笠松が名前に視線をやった。
「……悪いな、黄瀬がうるさくて。
仕事の邪魔になってないか?」
「ん?私は大丈夫。
こっちこそ、笠松にばっかりお守り任せてるじゃない?」
「いや…俺は、別に」
笠松は、これも役目だから、という言葉を飲み込む。
そのついでに、お前が黄瀬と話すのはムカつくから、とかいう言葉も。
お互いに言葉を飲み込みながら、今の関係を保っているのだ。
名前だって、一人で抱えるなと言ってやりたくても、黙っている。
それを隠すかのように、名前はポイッとタオルを放った。
笠松の首筋に浮かぶ汗を、そっと拭ってやるために。