その他

□霞める恋慕、重なる思慕。
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「もう息が上がっているのか?まだ脇が甘いぞ、空丸」

「うぐ…っ、はいっ」

蒼世と空丸が剣術の稽古をしている間、名前はその様子をただ黙って見つめていた。

妃子曰く「びっくりするほど愛妻家」な蒼世の奥方。
笑みを絶やさず座っているその人と、空丸は今日初めて顔を合わせた。

第一印象は、桜の花みたいな人。

空丸はこっそり名前に視線を向けながら、そのイメージを反芻する。

と、そのとき。

「余所見とは、余裕だな」

蒼世はぐっと間合いを詰めたかと思うと、次の瞬間には空丸を突飛ばしていた。

空丸がうぐっと呻き声をもらしているうちに、名前が蒼世に手拭いを差し出している。

「休憩になさってはいかがですか」

「ん…ああ、そうだな。
それよりお前、本当に退屈ではないか?」

「はい。滅多にないお休みですから、蒼世さまと一緒なら構いません」

「そう言ってくれると助かる…」

稽古中より幾分か柔らかい笑みを浮かべる蒼世。
そして、上品に、さりげなく夫に寄り添う名前。

――あ、親父とお袋も、あんなだった気がする。

空丸は身体を起こしながら、そんなことを思った。

すると、名前が空丸に近付いてくる。

「お疲れさまです」

と差し出された手拭いを、戸惑いながら受け取った。

「えと…スミマセン。折角の休みに旦那さん取っちゃって」

「ああ、いいんですよ、気にしなくて」

名前は答えるが、きっとそれは余裕と自信からくるものだ。
“蒼世さまは私を、ちゃんと大切に思ってくれている”という、確固たる思い。

空丸は何となくヤキモチみたいな感覚を覚えて、慌てて振り払った。
他人の、しかも師匠の奥方に恋情…なんて、あってはいけない。

彼の葛藤をよそに、名前はコックリと首をかしげる。

そのあざとさと、距離の近さに、空丸はドキッとした。

「夫はいつもあんなですけど、ちゃんと貴方のこと、認めていると思いますよ」

気休めにもとれる言葉だったが、空丸は素直にそれを飲み込んだ。
添えられた笑みがそうさせたのかはわからないが。

「…空丸、構えろ」

幾分か不機嫌そうな蒼世が急かすので、空丸は立ち上がった。
背後に名前がいるのをこそばゆく感じながら、キリッと蒼世を見ると、声をあげて向かっていくのだった。
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