その他

□濡れた瞳の無垢なことよ
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朔は壱號艇に帰ってきてすぐに、自室に戻った。
ハットをとってタイをゆるめながら、シャワールームの照明をつける。

正直、今すぐにでもベットにダイブしたい。

疲れからくるため息をこっそり吐きながらシャワーを浴びた。

そのあと部屋に戻った朔は、ソファーで寝息を立てる人影に目を丸くする。

「…名前?」

帰ってきたときは居なかったはずだから、シャワールームにいる間に入ってきたのだろう。

同期で、仕事の上でも右腕的な存在である名前がスヤスヤと眠っていた。

何となく肩の力が抜ける感じがして、朔は優しい笑みを浮かべる。

よくみると彼女の手には何枚かの報告書が握られていて、部屋に来た理由は察せられた。

朔は名前の肩をそっと揺する。

「なーに寝てるんだ?」

「ん…朔…おかえりなさい」

「ただいま…じゃなくて、お前なぁ」

なんのために来たんだよ、とわかっていることを呆れながら言えば、
名前は幾分焦った様子で目を見開いた。

「これ、喰とキイチから報告が上がってきたから…」

「おー、サンキュ。
でも別に、明日の朝でよかっただろー?眠いなら寝ろよ」

「そりゃそうだけど…」

と、そこで名前が口ごもる。
その先に続く言葉は、朔には充分推測できた。
それでも敢えて、ん?と急かしてみる。

すると名前はまだ少し迷った感じで、

「朔に、おかえりって、言いたくて」

と言った。

推測はしていたが、実際に言われるとドキリとする。
眠気の混じった声や表情にあてられて、朔は口元に手をやった。

焦燥に近い揺らぎを隠すように、

「部屋に送るから、もう寝ろ。
報告書もちゃんと目を通しておくから」

と言った。

「あ、大丈夫。部屋にまでくらい一人で帰れるし…」

名前はソファーから立ち上がろうとして、失敗した。

眠気と疲労のせいだろう。
ふらりと足元がおぼつかない。

「お前なぁ…」

朔は何度目かのため息をついて、名前を横抱きにした。

所謂、お姫様抱っこ。

「ちょっと、朔!何を…」

「眠り姫を無事にベットに送り届けないと、安心して寝てらんないからな」

「だからって…、ほら、私重いし。朔も疲れてるでしょっ」

「こんくらい大丈夫だって。お前こそ、自分のことを、もっと気にしろ。
文句はそれから受け付ける」

朔の真剣な声に、名前はうっと言葉を詰まらせる。

しかし結局は文句を言わずに大人しくなった。

「恥ずかしいから…早く、して?」

自然となる上目遣いで言われて、朔の心臓はまたドキリとした。
眠気で火照った頬とか、欠伸で出た涙とか。

同期で、仕事の右腕。

それ以上でもそれ以下でもない関係を崩してしまうには充分な様子にまたもや呆れつつ、

「姫の仰せのままに」

と冗談めかして言った。

一連の行為が兎にばっちり見られて、
次の日には喰やキイチ、そして平門にまで伝わってしまうのを
このときの二人はまだ知らない。
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