その他

□知らぬ存ぜぬで隠した思慕よ
1ページ/2ページ


「なんだ、寝ているのか…」

蒼世は、自分のデスクで眠っている秘書を見つけてため息をついた。

右大臣からの紹介でやってきた秘書で、名を苗字名前という。

仕事はよくでき、プライベートには必要以上に干渉してこない。
豺の隊員たちには程好い距離を置きつつ、敬意を払っている。
つまり、よくできた秘書だ。

ただ、たまにこうして気を抜きすぎる嫌いがある。

それも愛しいと思えるほどには、蒼世は彼女を大切にしていた。
もちろん、表に出したことはないが。

蒼世はスッと、彼女の髪をすく。

思慕からの行為に自嘲して、口元に笑みを含んだ。
その気配に気付いたのか、名前がゆっくりと目を覚ます。

「あ…蒼世さん…!申し訳ありませんっ」

と慌てて立ち上がった。
その様子も愛らしいと思うが、やはり蒼世は顔には出さない。
そのまま黙って応接用のソファーに腰かけて書類に目を通し始めた。

「あの…」

「構わない。疲れているんだろう。休んでおけ」

「いえっ、そういうわけには…。
あ、お茶、淹れてきます」

「構わないと…」

言っているだろう、という彼の言葉は最後まで聞き届けられることはなく、名前は給湯室へ向かった。

蒼世はまた、微笑をこぼす。

その手には、何かを誤魔化すように手にした書類の束ではなく、サラサラと艶やかな彼女の髪の感触がこびりついていたのだから。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ