その他
□知らぬ存ぜぬで隠した思慕よ
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「なんだ、寝ているのか…」
蒼世は、自分のデスクで眠っている秘書を見つけてため息をついた。
右大臣からの紹介でやってきた秘書で、名を苗字名前という。
仕事はよくでき、プライベートには必要以上に干渉してこない。
豺の隊員たちには程好い距離を置きつつ、敬意を払っている。
つまり、よくできた秘書だ。
ただ、たまにこうして気を抜きすぎる嫌いがある。
それも愛しいと思えるほどには、蒼世は彼女を大切にしていた。
もちろん、表に出したことはないが。
蒼世はスッと、彼女の髪をすく。
思慕からの行為に自嘲して、口元に笑みを含んだ。
その気配に気付いたのか、名前がゆっくりと目を覚ます。
「あ…蒼世さん…!申し訳ありませんっ」
と慌てて立ち上がった。
その様子も愛らしいと思うが、やはり蒼世は顔には出さない。
そのまま黙って応接用のソファーに腰かけて書類に目を通し始めた。
「あの…」
「構わない。疲れているんだろう。休んでおけ」
「いえっ、そういうわけには…。
あ、お茶、淹れてきます」
「構わないと…」
言っているだろう、という彼の言葉は最後まで聞き届けられることはなく、名前は給湯室へ向かった。
蒼世はまた、微笑をこぼす。
その手には、何かを誤魔化すように手にした書類の束ではなく、サラサラと艶やかな彼女の髪の感触がこびりついていたのだから。