その他
□普通電車に乗ってるみたい
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「わっ」
がくん、と体勢を崩した名前が小さく声をもらす。
今日何度目かのそれに、宗介は右手を差し出しては引っ込めるというのを繰り返していた。
二人は電車に揺られてお出かけ中。
車内は座る場所はないが、混んでいるわけでもない。
はじめ、宗介は彼女だけでも座らせようとした。
しかし名前は首を横に振ったのである。
「宗介だけ立つの、やだ」
というのが言い分だが、小柄な彼女は吊革に掴まることもできずに立つ羽目になった。
それで、何度もバランスを崩している。
「座らないんだったら、どっか掴まっとけよ」
と、宗介は呆れた風に言った。
「どっかって?」
「そりゃ…」
宗介は言いかけて、不意に言葉を止める。
“俺に掴まってろ”
とは、なんともキザな台詞だ。
普段の自分にはあまり似合わない気がして、少し迷った。
妙に鈍感な彼女は、きょとんと首を傾げて宗介を見上げている。
身長差で自然に上目遣いになるのがあざとい。
――どれもこれも自覚がないのは、そろそろ何とかした方がいいか…
と、宗介はため息をついた。
そして、そっと彼女の手をとって、吊革とは逆の自分の腕に絡ませた。
「……これでいいだろ」
幾分か無愛想な感じで、宗介は言う。
鈍感なわりには聡い名前はハッとして顔を赤くする。
しかし、そのうちに笑顔に変えると、そっと腕に力を込めて密着させた。
揺れる電車に身を任せながら、二人はどちらともなく笑みを浮かべる。
目的地に着くのは、もう少し先でもかまわない。