東京レイヴンズ

□傘は私が。
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十二神将・黒子が蘆屋道満のもとから、片足を犠牲に戻ってきた。

名前はそれが臆病さからくる逃げでないことをちゃんと知っていた。
“次”のために片足を差し出したのだ、ともわかっていた。
そしてだからこそ、心配もしていた。
なにを、と言われると困るのだが。

大友は、一線を退くつもりのようで、本庁のロッカーの中身とかは今日持ち帰るらしい。

それは、もう仕事として、陰陽師・大友陣には会えなくなることを示していた。

――最後に、会いにきてくれるだろうか?

名前は一人の部屋で時間をつぶしながら、何度か自問する。

会いにきてくれても、くれなくても、どっちでもいいというのが本心だ。

元々頻繁に会う仲でもないのに、改まって何を話せばいいのかわからない。
義足になってからの彼には一度も会っていないから、それは尚更である。

気分を落ち着かせるためにホットミルクを淹れたとき、ふいにドアがノックされた。

直感的に、大友だとわかった。
ドアの真ん前まできても気づかせない身のこなしは、さすがだ。

名前はいつもよりもゆったりと、ドアを開けた。

案の定、大友がへらりと立っている。
中世の海賊が使うような木製の義足が、かつんと音を立てた。
そして、その傍らには、いつも連れていた黒犬の式神もいない。

「夜遅くにすまんな」

大友は、やはりいつも通りの声色で言った。

「……そんな、心配するようなことあらへん」

少し間を置いて発せられた言葉に、名前は苦笑する。
全部お見通しの上で、欲しい言葉をくれるのだ。

「足は…」

「若干不便やけどな、大したことあらへん。
陰陽師やったらこんくらいハッタリきかす方がええやろ」

「このあと、どうするの?」

――もう会えないの?

名前は本当に訊きたいことを隠して、質問を重ねた。
もう会えないの?と容易に口にしては、お互いに、よくない。

「しばらくはフリーやな」

もし決まったら、名前と禅次郎には言おかな、といたずらっぽく笑う彼を、名前は単純に「ズルい」と思った。

「あとはまぁ、一般人の僕から独立官サマにコンタクトとるのは難しいけど、そっちからのは拒みようがないってとこかなぁ」

言外に、面倒はかけるなよ、と含まれている気がしたが、名前は大友の優しさとズルさに、また苦笑した。

「それも、乙種ですか“先生”」

「……わかってることを」

大友が、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。

そして、まだ使い始めてばかりの義足で廊下を行きかける。

杖と、ロッカーから出してきたと思われる少しの荷物で、彼の両手はふさがっていた。

名前はふと外をみて雨が降っているのに気づいた。
大友がどうやって傘をさすのか心配になったが、駆け寄って

「途中まで傘、さしていくよ」

と、言ってはいけないこともわかっていた。

わかっていることだらけなのに、本当に知りたいことはわからないまま、師は去っていった。
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