弱虫ペダル

□誰にでもスキだらけ
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後輩マネージャーの幹に指示を出してから、名前も自分の仕事に取りかかった。
が、すぐにその手を止める。

「あの、ちょっといいですか」

と、声をかけられたからだ。

相手は一年生の今泉。

彼の声からはストイックさと自転車への熱意が感じられて、名前はなんだか金城に似ていると思っている。

巻島に言ったら、

「お前、たまに何が言いたいのかわかんないッショ」

なんて言われてしまったのだけど。

「どうかした?」

名前はじっと今泉の目を見つめて問うた。
ひとと話すときに目をそらさないのは彼女のクセだが、今泉はそれに一瞬たじろいだあとで用件を述べた。

「一年生レースのときのタイムを確認したいんですけど…」

「タイム?あるけど…。
てっきり今泉は、自分でもちゃんと管理しているんだと思ってた」

「あっ、いや…俺のじゃなくて…」

なぜか歯切れが悪く、言い淀んだ後輩を見て、名前が首を傾げる。

なんともあざとい仕草だ。
今泉は寒咲兄から一度だけ

『あいつは一年生の頃から天然つーか、わかってねぇフシがあった』

と聞かされたことがあった。

そのときは興味がなかったから聞き流したが、今こうして名前と接していると納得ができた。

なかばヤケになった感じで、しかしたどたどしく、

「えっと…その…鳴子の、が知りたくて」

と目的を告げる。

するとさすがに合点がいったらしく、名前はにっこりと笑ってみせた。

「勝ったのに、油断しないのね」

「あのときの勝ち負けと、これからの勝ち負けは別ですから」

「いいね、それ」

短く答えてから、名前はファイルを取りだし、全員の細かいタイムが記載されたページを開いた。

「ありがとうございます」

「いえいえー。
こんなの言っていいのかわかんないけど、金城くん、あなたに期待しているみたいだから」

えこひーき、と茶化すマネージャーに、今泉は少し困ったような顔をした。

彼女は、主将の期待とは無関係に今泉にタイムを見せてくれるはずだ。
それにこれが鳴子相手だったとしても同じだろうから、別にえこひいきではないだろう。

それでもなんとなく嬉しいのは事実で、今泉は目的のタイムにざっと視線を走らせながら、名前をチラリと意識した。

「もちろんね、私も今泉のこと、応援してる」

そんな言い方、ズルい。

だが名前はわかってない様子でそう言ってみせた。

今泉が若干の優越感を得たのは、彼だけの秘密である。


後日鳴子が小野田に、

「ワイ、苗字のねーちゃんに『期待してる♡』って言われたで」

と話しているのが耳に入り、苦笑をもらしたのも、もちろん秘密である。
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