弱虫ペダル
□誤解からはじめる恋
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「むっ、また来ているな」
『山神』こと東堂尽八はそう呟いてから、自分が一番美しく見えるであろう角度で、その人に視線を送った。
その人、というのは苗字名前のことだ。
明るい栗色の癖っ毛が特徴的な、3年生の女子生徒。
もっとも東堂は、彼女の名前を知っているわけではない。
彼が名前について知っているのは、彼女はいつも自転車競技部の練習を見に来ている、という事実のみ。
目的は東堂を見ること、と、勝手に決めていた。
彼女は他の女子たちのようにキャーキャーと騒がない。
だからこそ、東堂は彼女に興味を持ったのである。
騒がないのは照れ屋だからだ、と考えた彼は、満更でもない気分で、観衆の中から彼女を探すのを日課にしていた。
「なんだ?尽八、あの子に惚れてるのか?」
隣から、新開が言う。
「ちがう!惚れているのはむこうだ!」
何故かむきになって答えた東堂に、新開はいつものパワーバーをモグモグとやりながら、
「そんなにデカイ声出さなくても」
と呟く。
言われてみればその通りで、東堂はなんとなく視線をそらした。
どうしたのだろう。
おかしい。
と思うけれども、なにがどうおかしいのか、なんでおかしいのかはわからない。
結局東堂は、それは考えないことにして、巻島に電話することにした。
いつもよりは早い時間だったけれど、彼と話せば少しはいつも通りになるだろうと思った。
巻島がコールに応じたのは、一分間の呼び出しを繰り返した六回目のことだった。