二次創作

□匣に魅入られた男の話
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※大正あたりのパロディ
※『魍魎の匣』の話をモチーフにしています











その日、彼は数年ぶりに遠く離れた故郷に帰郷しようと職場から直接汽車に飛び乗った。
一番奥の列の車両に乗ったせいか乗客は彼以外居らず、夜行の汽車というのもあってか全体的に人気がない。その方が快適だと適当な場所に座る場所を決めて窓側の方に腰を下ろして息をついた。
これから十時間もかけて帰らなければならないと思うと気が重くなるが今年こそ帰らなければ勘当すると両親から言われてしまっては帰郷するほかない。

彼はとりあえず人がいない静かな内に仮眠を取ろうと窓辺に寄りかかって目を閉じた。
近頃仕事が忙しくてろくに睡眠をとっていなかった男はものの数分後には夢の世界へと入っていった。





―――ガタンゴトンガタン


静かすぎるせいかやけに汽車が動く音と振動が響きフ、と目を覚まして辺りを見回したが相変わらず乗客は彼だけで外はまだ真っ暗である。
どうやら寝入ってからそんなに時間が経ってないらしい、もう一眠りしようと正面を向くとそこには男が一人座っていた。

いつの間に乗ったのだろうかと驚いたがそれよりもこの汽車の座席は二人がけの座席が向かい合う形の仕様のため必然的に見知らぬ人物と相席のようになることはありえるが他にも空いている席はあるのになぜ自分の前に座るのかと訝しげに目の前の男を観察してみた。

その男は切れ長の目に色白で黒の背広を着た線の細い優男のようだった。片方の耳にだけ赤い紐のような耳飾りをつけているのが印象的で、容姿は格好良いというよりは美人と言えるような印象でどちらにせよこの男はきっと女性から沢山言い寄られているに違いないと勝手な想像だが心の中で悪態をついてさらに視線を下に移すとその男には不釣合に思える“匣”を大事そうに抱えていた。

さらにその匣を見てみるとどうやら木製で出来ていて縦長の長方形の形をしている。
異様な存在感を放っているように思えて無意識に唾を飲み込んだが、匣の男は目の前の彼のことなど見えていないかのように匣に話しかけていた。

「ご覧、この乗り物が汽車というものだよ。君はずぅっと乗りたがっていたから嬉しいよね」
「振動が激しいね、身体は辛くないかい」
「そう、眠いんだね。まだまだ目的地には着かないから寝ていてもいいよ」

匣の男はそれはそれは大事そうに匣を撫でて笑っている。
まるで恋人か最愛の妻と話をしているかのように思えて滑稽だったがだんだん匣の中身が何か気になった。
愛玩動物でも入っているのだろうかとまじまじと匣を凝視していると匣の男は初めて彼の存在に気が付いたのか小さく会釈をして匣から顔を上げて再び口を開いた。

「この匣、気になりますか」
「えっ、あぁ…はい少しばかり。すみません不躾に見入ってしまって」

まさか声をかけられると思っていなかったので驚いて素っ頓狂な声を出してしまったが気にする様子もなくそうですか、と何故か満足そうに笑った。

「匣の中に何か飼っていらっしゃるんですか」
「この中には僕の大切な大切なものが入ってるの。それこそ命よりも大事なんだ…やっとの思いで手に入れたものだからね」
「そ、そうなんですか」

どうしても匣の中に何が入っているのか気になって仕方ない彼は匣の男に尋ねた。
すると匣の男は目を細めてまっすぐ射抜くような視線で彼を見つめていたかと思えば穏やかな笑を称えて匣を抱え直した。

「…君は僕と同類だから特別に“魅せて”あげよう」


どうやらその匣は正面の部分の戸板が外れる仕組みになっているらしく男はゆっくりと戸板を上に引っ張り外した。
するとそこには人の首があった。
まるで匣と“首”がひとつの芸術のように思えて彼は言葉を発する事が出来ないでいた。

白い肌にふくよかで触り心地の良さそうな頬、瞳は閉じているが睫毛は黒く光っているように見える。髪は綺麗に切り揃えられていてまるで時代劇に出てくる若衆の髪型に似ていた。決して綺麗な顔立ちではなかったが一度目に入れてしまったならもう二度と忘れられないだろう。
彼は頭の片隅でそんなことを考えながらも瞬きもせず“匣”から目を離すことが出来なかった。

どの位時間がたっただろうか、数秒かもしれないし数分、どのくらい魅入ってしまったか分からない程この異様な雰囲気に頬に汗が伝う。

(触りたい、この“匣”が欲しいっ)

無性にそんな欲求に駆られて彼は震える手を伸ばして匣に触れようとした瞬間“首”の閉ざされていた瞳がぱちりと開いて形の良い唇がゆっくりと動いた。

「―――か、な、し」

彼は鈴の転がるような声色の“首”の言葉を理解した瞬間目の前が真っ暗になってそこで漸く叫ぶことが出来た。






「う、うわぁぁぁぁっ」

彼は叫び声を上げて体を起こすと自分の声に驚いている乗客が数人怪訝そうな表情で睨んでいるのに気が付き慌ててすみません、と頭を下げて座り直して息を整えながら周りを見渡した。
もう日は昇っていた。時折光が差し込んでいて全くいなかったはずの乗客は自分を除いて十人程乗っている。

目の前に居たはずの匣の男と“首”はそこに居らず、夢だったのかと頭を抱えて目を閉じた。が、目を閉じれば今でも鮮烈に思い出せるあの“匣”が夢だとは思えなかった。

(あの首が発した言葉は一体誰に向けて言ったのだろうか)

言葉もだが閉ざされていた瞳が開いた時懐かしいと同時に胸が締め付けられたような感覚になったのは気のせいだったのだろうか。





気を紛らわそうと何気なく窓から外の景色を見ているとあの匣の男が恨めしそうな顔でこちらを見ていたような気がした。








おわり



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彼、はおそらく一寸だと思います。
これ白桃なのか…一桃←白なのか…

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