二次創作

□日常が壊れた日
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※白澤がヤンデル


桃太郎こと、通称桃タローの朝は仙桃の管理、収穫から始まる。
それを終えれば薬草の補充や店内の掃除などなど開店準備に追われ、一息つこうと簡単な朝食を食べる頃には既に開店時間を1時間きっていた。自分一人ならさして問題はないのだが残りの1時間で二日酔いで寝込んでいるこの店―極楽満月―の主であり自分の師を叩き起し、吐かせるだけ吐かせて薬を生成してもらわねばならない。いつもなら昼過ぎ、最悪夕方まで放っておくのだが何件か納期が迫っているためなんとしても起きて働いてもらうしかない。

(ぶっちゃけ店に関する仕事よりもあの人の世話の方が大変な気がする…のは気のせいじゃないよなぁ)

はぁぁあと深いため息をついて食べ終わった食器を片付け、漢方の権威にして中国の神獣である白澤の部屋の扉を軽く叩くがもちろん反応はない、これは予想通りである。
仕方ないと再びため息をつき遠慮なくその扉を開け、なんとも間抜けな顔で寝転んでいる師を冷めた目で見つつも耳元に口を近づけて大きく息を吸い腹の底から声を張り上げる。

「はーくーたーくーさーまー!!朝ッスよ、起きてください!今日こそはしっかり働いてくれないと困りますっ」

「うぅ…讨厌〜(嫌だよぉ)まだ眠たいんだ、あと4時間寝かせてよぉ」

「ふっざけんな!!もうすぐ店開ける時間なんですよ!?それに今日中に納めなきゃいけない薬もあるんですから!」

まるで子供の様に嫌だ嫌だと駄々をこねる師にうんざりしながら白澤の肩を揺さぶったり頬を叩いたりしてなんとか覚醒させようと必死に叫んだ。仮にも上司だが気にする余裕などない。そもそもなぜこんなに必死なのかといえば今日中に収めなければいけない薬の依頼主が鬼の中の鬼、あの鬼灯だからである。もし、数秒でも納期に遅れれば白澤はもとより自分の身にも何かしら害が及ぶかもしれない…想像するだけでも恐ろしい。

「本当、いい加減にしてください!…あと5秒で起きないと俺ここ辞めて鬼灯さんの所で働かせてもらいますからね」

「うわぁぁっ知道了!(分かった)起きる、起きるからずっと僕の傍にいてぇぇぇっ桃タロー君!」

いーち、にーいとカウントしながら師を見ていると尋常ではない速さで起き上がり桃タローの身体にしがみつきわんわん泣き叫ぶ師に苦笑して白澤の頭を撫でて諭す様に語りかける。

「はいはい、白澤様がしっかり働いてくれれば俺はずっと白澤様の傍にいますから。だから泣かないでいつものかっこいい白澤様に戻ってください」

「ぐすっ約束だよ?絶対に絶対に、僕から離れちゃ嫌だからね…永远不分开你」

正面から力強く抱きしめられた桃太郎は最後に小さく呟やかれた言葉を聞き取ることも白澤の表情を読み取ることも出来なかった。








桃太郎が極楽満月で働きはじめてから2年はたった。
2年という月日はあっという間のようで意外と密度が濃い。2年の間で家事炊事はもちろんのこと、基礎の薬湯や薬は自分だけでも作れるようになったし経理にだって強くなった。まぁ、どれだけ売上を残そうとしてやりくりしようとも売上の7割は白澤の女性との交際費に消えてしまうのであまり意味はないのだが。

あとは、何人かのお得意様が出来て親しくなれたことはとても嬉しかった。女性ばかりだが珍しく白澤の恋人にはならず数週間に1度は贔屓にしてくれたのだがここ何ヶ月かとんと姿を見せなくなってしまった。そりゃぁ薬が必要なくなったということは良いことなのだが顔なじみがの女性が全員来なくなったのには小さく首を傾げるしかない。
あの美しい容姿で一応神獣である白澤様に靡かなかった女性は極に稀であったためもしかしたらその顔なじみの女性の内の1人と懇ろな関係になれるのではないかと胸を躍らせていたが現実はそんな甘いものではないようだ。というかそんな邪な心を女性達は見透かしていたのかもしれない。

(うわぁ…なんかもう穴があったら入りたい、むしろ埋まりたいっ!)

これじゃ女好きの最低な師匠のことをとやかく言えないと部屋の掃き掃除をしていた手を止め、居た堪れなさから肩を落とし俯く。どうかしたのかと店の従業員の兎が数匹心配そうに耳を揺らし小首を傾げて桃太郎の周りに集まってきた。桃太郎はその兎の可愛い仕草に頬を緩ませ、なんでもないと伝えようとしたところに静寂を破るように騒々しく店の扉が開いて兎たちは音に驚いて一斉にどこかに散らばってしまった。

「回家了〜(ただいま)、愛しの桃タロー君!僕が居なくて寂しかったぁ?」

「おかえりなさい白澤様…って今何時だと思ってるんですか!もうとっくに店閉めてるし営業時間位は店に居てくださいとあれほど言ったじゃないですか!というか酒臭ぇっ」

「あはは〜对不起(ごめんね)、とっても可愛い娘に誘われちゃってさぁー。というか僕の質問はスルーなの!?」

千鳥足で店に乱入…いや戻ってきた明らかに酔ってます風の人物は紛れもなく白澤その人そのもので「桃タロー君は僕がいなくても寂しくないんだ、酷い酷いよぉ」などと顔を両手で覆い喚き散らし部屋の隅っこで蹲ってしまった。
まるでじめじめしたキノコが生えてきそうなその姿に、もしかしたらそのとっても可愛い娘(白澤談)に振られて落ち込んでしまったのかと考えとりあえず慰めておこうと思いコホンと一つ咳払いをしてそっと白澤の隣に腰を下ろした。

「あの〜、白澤様?素敵な女性はいくらでもいるわけですからそんな落ち込まないでください。いつもなら振られたくらいでこんな風にはならないじゃないスか!とりあえず酔を覚まして」

明日に備えましょうーと言葉にする前に世界が暗転した。

(いや、正確にいえば世界じゃなくて俺が暗転したのか?えっなんで?)

頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら今の状況を整理してみる。

(床に腰を下ろしていたはずなのに今は何故か押し倒されて上に天井で見えて、俺を押し倒してるのは紛れもなく白澤様で…え、マジでどうしてこうなった!まさか酔が回りすぎて俺が女に見える錯覚でも見えてるんじゃ!?)

ありえないことでもないと桃太郎は顔色を青くさせ口元を引きつらせながらとりあえずこの態勢だけでもなんとかしようと身を捩らせるが両手を強い力で押さえつけられているため動かすことも出来ない。痛い、と文句を言おうと顔をあげて白澤を睨みつけるが当の本人はそんな視線を気にする様子もなく無表情で桃太郎を見つめていた。桃太郎はそんな白澤の様子に何故か鳥肌がたち、うまく言葉を発する事が出来ず重い沈黙が流れたがその沈黙を破ったのは白澤だった。

「桃タロー君はさぁ僕がいなくても毎日楽しそうだよね、昨日も常連の女の子と一緒にお茶してたね。僕にも見せたことないような笑顔を浮かべてさぁ…1週間前じゃあの鬼神と甘味処に言ったでしょ?なにあれ、デート?ものすごく楽しそうにしてたよね、そんなにあんみつ美味しかった?それとも鬼灯と一緒だからうれしかったのかな?」

「え、は…?なん、で俺の行動そんな、詳しいんです、か…っ」

確かに昨日はたまたま良い茶葉が手に入りけっこうな量だったため、ちょうど薬を受け取りに来た常連客にお茶を振舞ったし、一週間前は新しくできた甘味処を覗いてみたら鬼灯に出くわしながれで一緒に甘味を堪能した。が、その場のどちらにも白澤はいなかったはずだ。そのはずなのになぜ、と混乱する桃太郎を余所に白澤はさらに言い募った。

「僕はさ…桃タロー君に悲しんだり嫉妬してもらいたくて女の娘とたくさん遊んだのに嫉妬するどころかそんな僕の気持ちにも気付かないで、あまつさえ鬼灯とかどこの馬の骨か知らない女に現を抜かすなんて、本当に酷い。こんな裏切りはあんまりだよ、ねぇ?桃タロー君」

先ほどの無表情とは打って変わって歪な笑顔で同意を求めてくる白澤は桃太郎にとってもはや恐怖でしかなかった。逃げなければならないと頭の中で警告音が鳴っているが体が震えて思うように動かすことが出来ない。
なんとかこの雰囲気をなんとかしようと桃太郎は口を開いた。

「す、すみません白澤様。あなたが一体何をおっしゃっているのかよく、…わかりません。きっとものすごく酔ってるんですよね?だからそんなおかしなことをっ」

「どうしてっ!?どうしてこんなに桃タロー君の事が好きなのに、なんでこの気持ちを分かってくれないの?僕、君に気があった娘は片っ端から消してあげたんだよ?だって桃タロー君に悪い虫がつくなんて耐えられないじゃない。ふふ…そうすればいつか僕を好きになってくれるって信じてたんだよ?」

「消したって…消したってなんだよ!?あんた、もしかしてっ」

ここ数ヶ月顔を見なくなった常連客の女の娘たちの顔を思い浮かべ、ありえない自分の考えを認めたくなくて耳を塞ぎたくなったが、両手は押さえつけられてそれも出来ない。
恐怖のあまり涙も流れてきてこれは夢だと、夢であるといっそ祈りたくなった。
しかしそんな桃太郎の願いを打ち砕くように白澤は微笑んだ。

「ん?だから“消した”んだってば。もっと簡単に言えば抹殺?っていうのかなぁ」

「あ…あ、うっ嘘だ、白澤様がそんなことするわけない!そんな酷いことするわけない!お前誰だよっ何がしたいんだよぉ!」

「あはは、僕は本物だし君のためなら人や鬼、生き物なんだって殺めることなんてわけないんだよ」

僕ってとっても強いからね!と満面の笑で語る白澤に恐怖を通り越してただただ、罪のない女性たちが俺のせいで犠牲になってしまったことに対して悲しくて、罪悪感が押し寄せとめどなく涙が流れ出た。
そんな桃太郎の涙をペロリと舐めそれは綺麗に笑ったのだった。

「これからもずっとずっと僕の傍に居てね?愛しい愛しい桃タローくん」

そう言ってさらに伸し掛ってくる白澤に桃太郎は抵抗など出来なかった。




―ただ、もう大切で愛しかった“日常”は戻ってはこないのだと実感して静かに目を閉じたのだった。

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