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□気分が悪いよ
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それは、本当に、偶然だった。




大学が長期休みに入って、久々に神奈川に帰ってきた。
自転車部の奴らと集まろうってことになって、提案者の尽八を筆頭に、一緒に帰ってきた寿一と、静岡から帰ってきた靖友との四人で、昔通っていたファミレスに行くことになった。

居酒屋、といいたいところだったが、まだ成人していない俺達にそれは無理ってことで。

予定時刻より遅くなっちまった俺は、やや足早にそこへ向かっていた。
既に寿一たちはファミレスにいるらしい。
相変わらず寝坊癖のある俺に、電話越しにキレた靖友の声がまだ鮮明に耳に残っている。
はは、でも懐かしいな。

ここの信号を渡って、まっすぐ行って、そしたらすぐあそこのファミレスだ。
はやく、信号が青に変われと、長いと評判の信号をひたすら待つ。

その時、本当に、ただ当たり前のように、伏せていた顔を上げ、いつものように前を向いた。
でもそれから直ぐ、俺の体はセメントで足固められたんじゃないかってぐらい動かなくなった。
前方にいるカップルを見て、俺は息を呑んだ。


俺には、以前付き合ってた女の子がいた。
年下だけど、気が強くて、プライドが高くて、でも真っ直ぐで、綺麗な女の子。
俺が、まだこんな19の俺が、こいつ以外いらないなと思った女。

だけど、そんな大好きな奴と、俺は大学進学と共に別れた。
理由は簡単、俺が弱かった。距離と共に、俺達の心の距離も遠くなっちまうんじゃないかと、俺の前からコイツが消えることが怖くて、ならいなくなる前に自分から消してしまおうと、別れた。
あいつは…棗は、ただ笑って「わかりました」って、答えた。


その棗が、いま、俺の目の前にいる。
別の男と、箱学の制服からして、きっと同学年の男と、楽しそうに話している。手なんか、つないで。

体の奥底から、何かが湧き上がる。
と同時に、それとは別の何かが、浮き出る。



「…比べ物に、ならないじゃないか」



自分が確かに呟いた言葉、自分で呟いたはずなのに、俺はよく分からなかった。
だが、とまらない。思考は支配される。



「おめさんのタイプと、全然違うんじゃないか?
スタイルは良くないし、制服の着方も無駄に気取ってて、格好よくない」



自分でも、何を言っているのかわからない。
信号が青に変わる。
棗とその男は俺に気づかないまま、俺に向かって、こちらの歩道に向かって歩く。

なんだ棗、俺のこと、もう見えてないのか?
寂しいな、それは。



「おいで、棗」



俺が小さく呟いた言葉を、棗は聞き逃さなかった。
すれ違いざま、俺に気づいた棗。
見開かれる、瞳。
でも、もう遅い。

俺は棗の腕をそいつからひん取り、連れ去った。
後ろから男の叫ぶ声が聞こえるが、知らない。

棗の叫ぶ声も、今の俺には入らない。
















*******





「はぁ…はぁ…!!」



路地裏まで棗を引っ張って、腕を放した。
細く白い腕に、俺の手形がついている。

棗は深く深呼吸した後、俺をにらみつける。



「はやとっ…さん…!」

「久しぶり、棗」



俺がそう言って棗の頭を撫でると、棗は俺の腕を振り払った。
相変わらず、力強えな。手がジンジンしてるよ。



「なんで、こんなっ…!いまさら、なんですか!!」

「…棗こそ、なんで新しい彼氏なんか作ってるんだ」

「はぁ!?」



ますます意味が分からないという顔をする棗に、俺もなぜこんな自分勝手な台詞を吐いたのか、よく分からなかった。


ただ、俺は気分が悪い。
俺じゃない誰かと一緒にいるおめさんを見て。
楽しそうなんかじゃない、ぴったり仮面のような愛想笑いを男に向けるおめさんを見て。
好きでもない奴に、愛を捧げようとする、棗を見て。



「棗、俺はわかってる」

「は…?なにをですか!」

「おめさんがあんな奴、本当は好きじゃないってわかってる」

「!…急に戻ってきて、急に現れて、急に私を連れ去ったあんたが!何言ってんだよ!!」



棗の口調が段々荒くなる。
そうだよな、本当急に現れて拉致した元彼が何言ってるんだって感じだよな。
でも、おめさんだって、わかってるんだろ?



「棗、時間を無駄にする必要はないさ」

「はぁ…?何を―」

「俺は、俺らは別れたってちゃんと分かってるはずだろ。
俺の方がおめさんを好きだ、俺の方がおめさんを大切に思ってる。
俺以外の誰かじゃ、おめさんの為になにもしてやれねぇよ」



あんな奴、別れちまえよ。
俺はそう言って、棗を自分の腕の中におさめようとする。
だけど、棗はそれを許さなかった。



「勝手なこと言わないで!あいつのこと何も知らないのに…勝手にフッて勝手に戻ってきたあんたが!勝手なこと言わないでよ!
大体私はっ…もう隼人さんのことなんか……!!」



声をあらげた棗だが、そこまでいくと次の言葉を出さなかった。
何を言おうとしているのか、俺にはわかるさ。



「嫌いだっていうなら、言ってくれ。」

「っ……こんなの、おかしい」

「間違ってる?狂ってる?
…そう思うなら言ってくれ」



棗は立て続けの意味不明な出来事と、問いかけに、頭がパニックになっていた。

俺もさ、棗。
俺があの男を嫌うのは、おめさんが欲しいから。
俺が間違ってるのは、おめさんがいないから。
俺がこんなにも狂ってるのは、本当のことだ。

だってこんなにも、俺はおめさんに狂ってる。




「俺は弱かった、今だってそうだ。
おめさんが、俺じゃない誰かと一緒にいるのが、俺じゃない誰かを好きになるのが、こんなにも怖い。

ごめん、だからこそ、お願いだ」



かつてお前は俺の彼女だったのに
そうだ、それなのに。
あぁ、気分が悪い。


嫉妬してるんだ、俺は。



「戻ってきてくれ、棗」




俺じゃない誰かと一緒にいるお前なんて
みたくない。













気分が悪いよ
(想像も出来ないだろ)
(狂った俺が、どんな気分か)
(ただお前と、もう一度一緒にいたい)
(逃げたのは、俺なのに)








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