short

□俺の女は男前
1ページ/1ページ









事の発端は、なんだったか。
そう、何ヶ月か前の話だ。その日は俺の部活とあいつの部活、剣道部がたまたま終わる時間がかぶって、じゃあ久々にっつーことで学校から近いところに住んでいるあいつの家まで送っていたときだった。

久しぶりの彼女の、棗との時間に、俺は柄にもなく幸せとか思っちまってた。
が、その幸せな時間もすぐに壊される。

学校の坂を下っていたところ、女の叫び声みたいなのが聞こえた。
何が起こったと思い二人でその声が発せられた場所を探すと、いた。

変な男に迫られている、恐らく箱学の生徒らしき女生徒が。

痴漢かヨメンドクセーと思いつつその男に俺が寄る。
……前に、俺の横にいた棗が消えていた。

気づけば竹刀でその痴漢野郎をぶちのめす棗の姿。
箱学剣道部初の女主将を務めるほどの棗の実力は、その痴漢野郎には大いに効いたらしい。


そこから、だったか。
その助けた女生徒は箱学の後輩で、そっから噂が広まり、


気づけばいつしか
徒野棗ファンクラブなるものが出来ていたのは。



「徒野先輩おはようございます!」

「あ、うんおはよう」

「徒野先輩今日もお美しいです!」

「え、え?ありがとう…」

「徒野先輩ー!!」

「だァァァ!!っせェ!!」



昼休み。
俺と棗、そして他の箱学自転車部の3年と食堂で飯をとっていたところ、現れた後輩の女共。

今日はまた一段と人数が多い。
人気者の東堂そっちのけで、女共は棗を囲んでいる。



「くっ…なぜだ!なぜ女子は俺より徒野さんなのだ…!!」

「まぁ棗ちゃん、男前だしな」



東堂は悔しがり、新開は笑っている。
福ちゃんは1人、この慣れない事態にびっくりしている。

俺は叫んでもひかねェ女共に、俺の怒りはそろそろ爆発しそうだった。



「このアマ…」

「荒北、良いではないか。相手は女子、そう気に病むことではないだろう」

「別に病んでねェヨ!!」



俺がキレる前に、東堂から制止の言葉がはいる。
俺は怒りをグッと堪え、渋々メシを食い始めた。


俺の心中は、穏やかではなかった。

モテないわけではないが、棗は特に男との浮ついた話はなかった。だから俺は安心していた。

しかし、だ。
最近のこのモテ用、相手は女だが、まるで男相手かのような女どもの黄色い声。


相手は女。確かに女だ。
しかし、自分以外が棗の名を呼ぶのが、棗に触れるのが、棗に好意の目を向けるのが

本気で腹立たしく、良い気分ではなかった。



「きゃっ!」



俺がそんなことを考えていると、1つの女の小さい悲鳴に我にかえる。
見ると、そのグループ集団に押された一般生徒がこけていた。

おいおい東堂のファンよりタチ悪ィじゃねェか。

するとそれに気づいた棗がその女に駆け寄る。



「大丈夫?痛くない?」

「あ、はい!大丈夫で―…いたっ」

「まじか、足ひねった?」



どうやら変なこけ方をしたらしく、女は足に力を入れると痛がった。
棗は考えた後、何を思ったのかその女を自分の背中へと担ぎ上げる。

俺含め東堂たちも頭に!?を浮かべる。



「保健室そんな遠くないから、運ぶよ!」

「えっそんな!私重いです!歩けます!」

「なーに言ってんの軽いよ!ほら掴まって」

「は、はい…ありがとうございます…」



女は恥ずかしそうに棗の首に腕を回すと、素直におぶられた。
棗は俺の方を見向きもしないで、保健室へと向かっていった。



「え、え、優しすぎる!」

「もぉかっこよすぎるよ〜」



棗が消えた後、女共はまたキャアキャアと盛り上がる。
なにがカッコイイだふざけんな、テメェらのせいじゃねぇか。

てェかあいつも何やってんだよ!女のくせに女運んで…アホか!


俺は先ほどよりも増した怒りに足を揺らす。
あの女の赤い顔が、気にいらねぇ。


だけど、まァ女だから、本気で好きになるわけじゃネェだろう。大丈夫だ。
俺はそう自分に言い聞かせ、また怒りを沈める。

しかしボーッとした顔の女が、1人静かに呟いたのを俺は聞き逃さなかった。





「私、本当に好きになっちゃうかも…」






その言葉を聞いた瞬間、俺は席を立ち上がった。

































「それじゃあ失礼しまーす」

「オイ」



保健室から出てきた棗に声を掛けると、俺に気づいた棗はこっちに近づいてくる。



「靖友、ごめんね。女の子が怪我しちゃって」

「知ってる」

「…なんか、怒ってる?」



心配そうに俺の様子を伺う棗に、俺は何も言えず、ただ腕を掴む。
棗は不思議そうに俺を見た。

俺は口を、開いた。



「相手が、女だから」

「え?」

「……お前を好き好き言ってンのが女だったから、別になんともねェと思ってた」



俺はただ棗の腕を見る。
まさか自分がここまで嫉妬するヤツだとは思ってもみなく、顔を上げることが出来なかった。



「けど、限度あんだろ限度!!女だからって、その、アレだ…一応、俺の女にィ、ベタベタ触ってんじゃねェって話だ!!」

「……靖友」

「大体てめェも、嬉しそうにヘラヘラしてんじゃ――……ナニ笑ってんだよ!!」



俺が真剣に話しているのに、顔を上げると棗は笑っていた。



「いや、なんだかさ…ふふ、おかしくって」

「アァ?…テメ、この」

「ばかいたいよ、つままないで」



笑う棗の頬をつまむと、柔らかかった。
びよんと伸ばし、遊ぶ。



「確かに女の子にモテるの嬉しいけど、でも靖友がそれに嫉妬してるとは思わなくて」

「…っるせェなァ!てめェが鈍チャンだから心配なんだヨ!!」

「はいはい、ありがとう靖友。
でも安心して、私が好きなの靖友だけだから」

「……〜っ!!ったりめェだろバァカ!!」



俺は熱が集中した顔を隠すために、棗から離れ歩き出す。
「待ってよ靖友、ヤストマト!」と聞こえるが、俺はシカトした。
































俺の女は男前
(私の男はヤストマト)
(はまってんじゃねェヨそれ!!)
















[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ