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□野球が好きだった彼女
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「靖友ー」




練習終わりに俺の元へやって来たのは、幼馴染みの棗だった。
片手にはペットボトル。たまに、俺の練習終わりに飲み物を持ってきてくれる。




「ンだよ、また待ってたノォ?」

「だって、練習見るの楽しいから。
はい、これ飲んで。お疲れ様」

「アリガト」




手渡されたスポーツ飲料を飲む。
部活で飲んでいるのと同じもののはずなのに、こいつから貰った物は一段とうまい。




「調子はどう?球走ってる?」

「ア?…フツー」

「ふふ、調子いいんだね。よかった」




棗は嬉しそうに笑う。
こいつは俺と同じぐらいの頃から野球にドはまりしている。一緒に甲子園の中継を見たり、近くの河原で野球をやろうものなら、一緒に観に行っていたものだ。


俺の応援にも、こいつは毎回来てくれていた。
根っからの野球中毒者。




「大会ももうすぐだからね、ちゃんとケアして、体大切にね」

「わかってンヨ、んなの」

「靖友は無理するところあるからなー、ちょっと心配」

「ハッ、俺がケガなんかするワケねェダロ」

「ん、ならいいけど。」




そして、ハイコレと棗から紙を渡された。
そこには体験者募集中と書かれた用紙。



「ここの高校、甲子園常連校じゃない?
だから、体験行くついでにトレーニングとか見てきたらどうかな。良い刺激になると思う。」

「俺まだ中1なんですケド」

「いいじゃない。行くのはタダ。
それに靖友は強いから、大丈夫」

「ナニを根拠に…」



用紙を今度はまじまじと読んでみる。
確かにこの高校は神奈川の強豪校の中でも随一である。
俺もずっとここを狙っていた。

そして、棗も。



「靖友がここにスポ選で入って、私も推薦か一般で入って、2人で野球部入ろう。
…って約束、忘れてないでしょう?」

「アー…多分」

「まぁ靖友じゃなくて、私のマネ技術で靖友を甲子園に連れて行ってあげるけどね」

「ハッ、連れてくのは俺だからァ」




2人でとある日に約束したこと。
2人で同じチームに入り、甲子園に行こうという約束。


俺はこれからも強くなる。
もっと練習して、どの投手よりも強く。





「約束だよ、靖友」

































「―……」





目を開けると、そこは自室の天井だった。
ずいぶんと懐かしい夢を見ていた気がする。


俺はガシガシと頭をかき、つけっぱなしにしていたテレビに向き直った。



そこにはニュース番組から、いつのまにか甲子園の中継に切り替わっていた。




「胸糞悪ィ…変えるか。」




リモコンを手にし、チャンネルを変えようとした。


が、ボタンに指を置いたところで手が止まった。




試合をしている高校は、大阪の高校と神奈川の高校だった。


そう、俺が目指していた高校。



映っていたのは、ベンチ。
監督とマネージャー。



棗だった。




真剣な顔で、顔を暑さで真っ赤にしながら、一生懸命スコアを書いていた。




「棗」




俺は肘を壊した。野球が出来なくなった。
それは、俺たちの約束が果たせなくなくなったという事実。

そんな俺に、棗はいつもみたいに俺に接してくれていた。



でも俺は知っていた。俺が野球が出来なくなったと聞いて、自分のことのように悔しがっていたということを。泣いていたということを。



俺はそれを知ってから、棗を突き放した。
罪悪感からか、自分への怒りからか…。



俺は野球部のない箱根学園へ、
棗はずっと希望していた、野球の強豪校である、あの高校へ。



俺が突き放した日から、棗とは連絡をとっていない。




もう画面は切り替わり、映っていたのはマウンドだった。





本当なら、俺がそこに立ち、
棗を甲子園に連れて行っていたはずなのに。





カキンッという金属音が、テレビから俺の部屋中に響いた。



































野球が好きだった彼女
(俺は野球もお前も無くしちまった)





*

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