10万打記念企画

□さよならトレック
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『以上で、卒業式を終了いたします。』


パチパチと拍手が体育館内に鳴り響く。在校生の私達は、1つ上の先輩方を見送る側として、今年この卒業式に参列している。

来年は自分がここに、メインの1人として参加するのだと思うと、なんだか色々なものがこみ上げてきた。

いや、この感情は、未来への自分を想像してだけのものではないのかもしれない。


「ほら棗、来たよ」


友人に耳打ちされ、私は俯かせていた顔をあげる。数列前にある列と列との間に出来た通路。そこは卒業生が通るためのものであり、友人に顔を向けろと言われたのもそこだった。

その中を顔を左右に動かしてとある人物を探せば、すぐに見つかる。

特徴的な坊主頭に、1つだけ年上なはずなのに、それを感じさせない貫禄。


「……金城先輩。」


私の部活の先輩、そして私の思い人でもある金城先輩も、本日をもって卒業なのである。


「いい?棗。チャンスは今日しかないのよ」

「で、でも……」

「でもじゃない。あんたはマネとしてずっと頑張ってきたし、そして自分の気持ちを圧し殺して我慢してきたでしょ。
例え付き合えなくても、あんたの気持ちを伝えるのよ」

「……機会が、あったら!」

「もう」


私の言葉に友人は溜め息をもらす。
だって、この後は部のミーティングがあるし、きっとそこで金城先輩と田所先輩は他の選手によって埋め尽くされるだろうし…

きっと話せる機会なんて、ないんじゃないかなぁ。

体育館から退場していく先輩の背中を見つめながら、私も溜め息をもらした。

私はこのまま、自分の思いも伝えられないんだろうなぁ……。






******




そう思っていた、のに。


「どうした?徒野」

「い、いえ!なんでも、ないです……」


どうして私は今、あの金城先輩と一緒に下校しているのだろう。


時は遡ること、部活のミーティング。
それが終わってからは私の予想通り、やはり先輩方は他の選手にわらわらと囲まれてしまった。

あぁ告白どころじゃないななんて思いながらも、ミーティングのときの先輩たちの言葉に思わず涙してしまった私にはもはやそんな光景さえ涙腺を緩ます刺激となってしまっていた。

そんな私の肩をトントンと叩いたのは、先ほどまで田所先輩に群がっていた手嶋純太だった。なに、と素っ気なく問えば、良いのか?と真剣に問い返された。

それが何のことかなんて、私には容易にわかる。いつだかに間違えて手嶋に教えてしまった私の恋を、彼はいつも陰ながらに応援してくれていた。

その応援してくれていた彼にも申し訳ないが、こんなチャンスがないのにどう伝えろというのだというだ。

……と、思っていた。

けれどミーティングが終わってさあ皆で帰ろうということになってからがおかしくなった。最近夜物騒だよな〜という流れから始まり、それじゃあ家が近い金城先輩送ってってあげて下さいよという「!?」な状況になった。

金城先輩も「あぁ、構わない」なんて返しちゃうし、更に「!?」となる私。後ろを振り向けば手嶋がニヤニヤと笑いながら「がんばれよ」と口パクしていた。お前が仕組んだのか。

で、現在。
少し暗くなった道を、私と金城先輩は肩を並べて歩く。それだけで私の心臓はバクバクと高鳴っていた。

どうしよう、いつ、言えばいいんだ。
私の自宅は学校から割りと近い位置にある。だからウダウダと考えている暇なんてないんだ。

カラカラと先輩が押しているトレックの車輪の回る音が聞こえる。その音はとても心地よく、いつもはもっとシャーという爽快な音だけれど、この音も私の大好きなものだった。

この曲がり角を曲がれば、少し歩いて私の家だ。

言うなら、今。
私は息を吸った。


「…せ、先輩、あの」

「ありがとう」

「…え?」


意を決して私が言おうとした瞬間、金城先輩が先に言葉を発した。ありがとう、と。


「2年間、俺たちを支えてくれてありがとう、徒野。」


それは、金城先輩から直々のお礼の言葉だった。私の心臓が、またバクンと高鳴る。収まったはずの涙が、また溢れそうになる。


「徒野には寒崎が入るまで1人でマネージャーの仕事をやってもらっていたな。辛いと思った時もあっただろうが、お前はそれでも笑顔で俺たちを支えてくれた。感謝してもしきれないくらいだ。」


優しく微笑む先輩。
私も微笑み返したかったが、うまく笑えているだろうか。


「そんな…私なんて、皆さんの力になれたかどうか…」

「少なくとも、俺はわかるぞ。お前のことをずっと見ていたからな」

「っ」


違うのに。私が思っていることと先輩が思っていることは違うのに。その言葉に、自分の頬が熱くなる。目の奥がツンとする。

そうだ、先輩はずっと、私のことを見ていてくれていた。
私がヘコんだ時も慰めてくれたり、わからない仕事を教えてくれたり、ボトルやタオルを渡すときはいつもお礼を言ってくれたり…

だから私は、そんな優しい彼を、金城先輩を、心の底から好きになったんだ。


「……っ私も、ずっと先輩のことを、見ていました」


思わず自分の口から出てしまった言葉。溢れだした思い。
私の足はすっかり止まっていて、金城先輩の足も少し先で止まった。

言ってしまった。そう思った反面、このまま突っ走ってしまおうとどこか自信が沸いてきた自分がいた。


「…あぁ、そうだな。お前はよく俺の怪我にも対処してくれて―」

「違います!!」

「!」

「そうじゃ、ないんです…」


涙が溢れ落ちる。
スカートの裾は、きつく握りしめていることによってすっかり皺が寄ってしまっていた。


「マネージャーとしてはもちろんです…!
でも、私はっ…!私はそれ以上に金城先輩のことを……!!」


マネージャーとしてあなたを見てきた。ずっと。でも今は、この気持ちに気付いた時には違う。

いつしか、私はあなたを1人の男性として見てしまったんだ。

ロードを愛す、心優しいあなたを。


「ずっと、好きでしたっ……」


声が、震えた。
もう顔も頭も、涙でぐちゃぐちゃだった。

金城先輩の顔を見れない。苦しい。
想いが、涙が、とめどなく溢れてしまって、私を支配する。

好きです、好きです、好きです、
大好きなんです、先輩


「―…徒野」

「!!」


金城先輩の落ち着いた声が、私の鼓膜を揺らした。
恐る恐る顔を上げれば、いつの間にか数歩先にいた金城先輩は、私の目の前に来ていた。


「…泣くな」

「っせんぱ、い…」


大好きな手で、涙を拭われる。
その手はとても優しくて、まるで壊れ物を扱うかのような手振りだった。


「ありがとう、徒野」


彼は微笑み、そう言った。
私はただその言葉に、耳を傾けることだけしかできない。

心臓が高鳴る。
ありがとうって、どういうことなんですか…?

期待はしたくないのに、どうしても舞い上がってしまう自分がいる。
彼は微笑んだまま、また口を開いた。


「俺もお前が好きだ。
大事な後輩だからな。」


その言葉は何よりも、どの言葉よりも残酷で、私の心を突き刺した。

彼はずっと微笑んだままなのに、その口から出てきたものは、悪魔のような言葉。


「……ありが、とう…ございます……」


私は笑うが、涙はとめどなく溢れる。
苦しい、辛い。そんなものばかり。

先輩は歩き出す。私も歩き出す。
先ほどまで私の涙を拭ってくれていた手は、今は彼の愛車のトレックのハンドルに添えられていた。

顔を上げれば大きな背中。私の大好きな大きな背中。その押しているものに乗れば、私はまたあなたに恋をしてしまうだろう。


「先輩は、トレックが恋人ですか」


意地の悪い質問をしてしまった。
先輩はぴたりと立ち止まり、そして振り返った。


「……あぁ、トレックは恋人だ」


私もあなたのトレックになりたい。
そんなことを思いながら、私は笑った。








さよならトレック
そのライバルには、勝てそうにないです








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