10万打記念企画
□牡丹の彼女
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「おー、久々に来たな!」
尽八の声が、近くで響いた。
今日は日曜日。いつもなら丸一日練習に励んでいる俺経ちだが、今日は午後から部活動ができなくなる日であった。なら久々にどうだという尽八の申し出により、午前練を終えた俺たちは駅前の繁華街に来ていた。
午前だけとは言え、その分みっちりと練習を行った俺たちの腹ん中はそれはもうスッカラカン。特に俺なんて最後の方腹を鳴らしながら練習していた始末だ。
「あー腹減ったなぁ…」
「ッセェんだヨ新開!さっきからグーグーと!!」
「いやしかし確かに腹は空いたな。何を食べようか」
「俺は、アップルパイがある場所がいい」
「そうだヨネェ福チャン!アップルパイ食べたいヨネェ!!」
「「…。」」
素晴らしいほどの寿一贔屓に引き気味な俺と尽八。どこでも良いからとりあえず胃に何かいれたい俺は、何かないかとキョロキョロしながら匂いを嗅ぐ。
するとそんな時、どこからともなく良い匂いがした。
おいしそうな匂いとかではなく、なんていうかこう……花?
「ん?」
それがより濃くなったとき、何かが足元に当たった。下を見れば、花のようなペンダントが一つ。落し物か?
「どうしたのだ隼人。」
「いや、これ落ちててさ」
尽八に見せると、それが牡丹という花のものだというのがわかった。
…そういえばさっき、花みてぇな匂いがしたなぁ。
「すまねえ、ちょっと先行っててくれるか」
「アァ!?オイ新開!」
靖友の制止も無視し、俺はさっきの匂いを探して足を動かした。
靖友みてえに鼻が良いわけじゃないが、それでもさっきの特徴的な匂いはきっとわかるはず。
元来た道を行けば、段々と匂いが濃くなる。
そしてそれがより強くなったとき、目の前にたっていたのは、綺麗な黒髪をした女の子だった。
制服を着ているので、高校生だろうか。しかも箱学から割りと近くにある別の高校だ。確かお嬢様学校とかじゃなかったっけか…
「なあ、おめさん」
きっとこの子だろうと踏んだ俺は、彼女の肩に手を置く。するとその子はゆっくりと振り返り、俺をその大きな瞳に写した。
綺麗だ。彼女が俺に向いた瞬間、俺はそう思った。
「な、なんでしょうか?」
何も言わずボーッと彼女を見て突っ立っている俺に、彼女は不信そうな声をあげた。あ、まずいまずい。これじゃただの不審者だな。
「き、急にすまねえ。
おめさん、もしかしてこれ落とさなかったかい
?」
「え?――っあ!それ!」
俺が持っていたペンダントを彼女に見せると、彼女は驚いたように目を見開いた。すげぇ、ただでさえ大きい瞳がこんなに開くのか。靖友の何倍あるんだろう、この子の黒目。
「拾ってくださったんですか!?」
「あぁ、丁度俺の足元に転がってきたからな」
「ありがとうございます!…これ、祖母からもらった大事なものなんです」
俺からペンダントを貰った彼女は、嬉しそうにそう言った。おばあちゃんから貰った牡丹のペンダント、か…その言葉とこのペンダントが似合う女の子なんてこの子以外にいるだろうか。
「でもあの、どうしてこれが私のだって…」
その言葉に、俺の肩が大げさに揺れた。
い、言えねえ。匂いを嗅いでココまで来ましたなんて言っちまったら、恩人?からただの変人に成り下がっちまう。
「え、えっと…」と大げさなまでに動揺する俺を、彼女は不思議そうな目で見る。
いい、仕方ない。適当に言って誤魔化すしかない。
「お、おめさんがたまたまそれをしてるのを見てさ…そんでもしかしたら〜って思ったんだ!」
全身に嫌な汗をかきながら、俺は必死にそう答えた。これでダメだったら仕方ない。素直にあなたの匂いを嗅いでここまで来ましたって言うしかない。
無駄に心臓が早くなる俺。彼女はそんな俺をジーッと見た後、にこりと微笑んだ。
「そうだったんですね…あなたみたいな人に拾っていただいて本当によかったです。ありがとうございます。」
「!…お、おう」
純粋だ。彼女はとても純粋だ。
まるで天使のようなその微笑みに、俺の心臓がまた違う意味で早くなる。
顔が、熱い。
「そうだ!拾ってもらったお礼になにかしたいのですが…何がいいですか?」
「え…や、お礼なんていいよ。気にすんな」
「でも、折角ですので言ってください!私でよければ、何でもしますので」
彼女は引き下がるどころか、グイグイと俺に詰め寄る。かわいい顔して強引なんだなと別のことを頭の中で思っている俺。
そうだなぁ…と考えこむフリをして彼女をチラリと見ると、その瞳はキラキラと輝いていた。はは、おもしろいな。
なら…と俺は口を開いた。
「俺、箱根学園で自転車競技部っていう部活に入ってるんだ」
「箱根学園のですか!すごいですね…」
「そんなことないさ。
それで、そのインターハイっていう各都道府県のロードの強豪校が集まって全国一位を決める試合が、今年はここの箱根で行われるんだ」
「あ…学校で聞きました。今年の夏ですよね?」
「そう。
それでさ、俺のお願いっつーのは、ぜひその試合を観に来てほしいんだけど」
「えっ」
俺のお願いに、案の定彼女は瞳を丸くした。
無理もない。普通お礼っつったら、奢るとかそういうものが相場だろう。
しかしなぜだか俺の頭に浮かんだお願いは、それしかなかった。
今日だけじゃなく、彼女にもう一度会いたいと俺は思ってしまったんだ。
「だめかい?」
「…い、いえダメじゃないです!でも、私なんかで良いんですか?」
「あぁ、俺はおめさんが良いな」
「…ふふ、わかりました」
彼女はまたフワリと笑った。つられて俺も笑う。
2人で笑いあっていると、俺のズボンのポケットに入っている携帯が揺れた。
…まずい、靖友たちのこと忘れてた。
「あ…と、それじゃあ俺行くな。また落とさないように気をつけてな」
「あ、はい!ありがとうございました!
…えっと、」
俺が走り出そうとすると、彼女はなぜか言葉につまる。俺は少しその意味を考えてから、そしてすぐ口を開いた。
「箱根学園3年、新開隼人!よろしくな。」
そう酒具と、彼女は一瞬驚いた顔をしてから、また笑った。
「徒野棗、2年です!新開さん!!」
「そうか!またな、棗!」
どさくさに紛れて彼女を棗で呼んでから、俺はきっと待ちくたびれているだろう仲間の元へとかけていった。でもそれまでに、これ、どうにかしねえとなぁ。
きっと今、俺の顔はにやけているだろう。
牡丹の彼女
次会ったときは、必ず仕留めさせてもらうよ
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