10万打記念企画

□だいすきおにいちゃん
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「お兄ちゃん」


柔らかい優しい声が俺の鼓膜を揺らす。ゆっくりと瞳を開けるとそこはよく見慣れた俺の寝室の天井と、


「おはよう、お兄ちゃん」


太陽みたいな笑顔を浮かべた妹、棗の顔だった。




一階に降りてリビングに入ると、テーブルには置き手紙。母親からのものだった。手紙によると、今日は俺と棗しか家にいないらしい。

とりあえずコーヒーでも煎れるか…俺はヤカンに水をいれ、火にかけた。


「お兄ちゃん何飲むのー?」

「んァ?コーヒー」

「私も飲みたいなぁ」

「ハイハイ」


いつの間にか台所にいた棗が俺の後ろからひょこりと顔を出す。一杯も二杯も変わらないので俺が頷くと、棗は満足したようにまた笑顔を見せた。

棗は俺の実の妹であるが、全くと言っていいほど似ていない。
目はぱっちりとしているし、睫毛も上下平均的な長さであるし、なによりキモい俺とは違い、美人だ。性格もまるっきり正反対。兄弟ってやつァ、どうしてこう二極化になるんだろうな。


「お兄ちゃん、今日は出掛けるの?」

「いや、部活も休みだし出る予定はないショ。お前は?」

「私もないよ。」


今日はよく笑うな。いやいつもだったか。沸騰した湯を、カップにセットされたフィルターの中に注いでいく。ポタポタとコーヒーの滴がカップの中に零れる音が響く。優雅だなと、笑ってしまった。


「ほらヨ」

「ありがと〜」


カップを渡すと、棗は美味しそうにそれを飲む。俺もカップに口をつけた。

それから朝食をとり、二人でテレビを見ることにした。普段部活であまり一緒にいることがない妹とこうやって過ごすのは久し振りであった。

昔はよくお兄ちゃんお兄ちゃんつって、俺の後ろ着いてきてたっけなァ……そいつも今じゃ中3か。月日ってのは流れるのが早いぜ。


「棗」

「なぁに?」

「お前、高校どこ受けるんだ?」


兄として家族として先輩として…今まで聞くことがなかった妹の志望校を何気なく聞いてみた。

すると棗は「あら、行ってなかったっけ」と驚く。いやまァ、もうそろ一般が始まるってのにそれまで知らねェ兄貴も兄貴だけどよ……


「私、総北受けるよ」

「……ハ?」

「だからぁ、総北受けるって。そんで、自転車部のマネージャーになる」

「ハァ!?」


俺は思わずソファーから立ち上がった。聞いてない、コイツが総北を受けるなんて。いや聞いてないから今知ってこんな驚いているわけだけども、なんでこいつも早く言わねェんだ!

それに、自転車部のマネージャーって……


「なんでまた……どういう風の吹き回しショ」

「だって、お兄ちゃんがいた高校なら安心できるし、自転車だってお兄ちゃんの影響で好きだし」

「お兄ちゃんお兄ちゃんって……お前なァ……」


俺は頭を抱えた。こいつの判断基準は俺で、そして好きになるものの影響は全部俺が元である。おかしなことに服などの趣味は影響されていないが。

世間知らずの箱入り娘、それがこの巻島棗。俺に着いてくるあまり何が危険で何が安全なのかもあまり理解していない。

確かに総北は安全であるが、だからといって危険がないわけじゃない。それに自転車部だって、俺の知っている後輩たちは良い奴ばかりだが、来年がどうなるかはわからない。

そんな大勢男がいる場所にこいつを放っぽりでもしたら……考えるだけで恐ろしいショ。


「お前俺に影響受けすぎショ……」

「どうして?だめ?」

「いやダメじゃねェけど……おかしいだろ、ふつーこんなキモい兄貴だったら引くショ!避けるショ!」


俺がそう叫ぶと、棗は目を見開いた。いや、言っていることは間違っていない。俺だったらもしこんな兄貴をもっていたら泣く。すぐにでも家出をするか、DNA鑑定をし本当に兄弟であるか調べる。……さすがにそこまでこいつにやられたら泣くな。

俺が頭の片隅でそんなことを考えると、棗の顔が段々ムッとしてきているのがわかった。


「ど、どうしたんショ……」

「お兄ちゃん!」

「オ、オウ」


急に叫んだ棗に俺は思わず肩を振るわす。なんだ、こいつどうしたってんだ。


「お兄ちゃんは!キモくないから!」

「……ハ?」


何をキレられるかと思えば、棗が叫んだのはそんなことだった。


「な、なに……?」

「お兄ちゃんはカッコいいから!だから真似もしたくなるし信じれるの!なのにどうしていつもそんなことばっか……!!」

「わ、わるかったっつの…!泣くなショ……」


ひーんと泣き始めた棗に俺は近くにあったタオルを渡す。そうだった、こいつの地雷は俺のことだった。

暫く背中を擦っていると、ようやく棗は泣き止んだ。


「泣き止んだか?」

「……うん」

「お前、ブラコンだな」

「うん、お兄ちゃん好きだもん」

「……っお前なァ……」


俺はまたも頭を抱える。素直なことはいいことだが、なぜこうも恥じらいっつーもんがないんだ、こいつは。

……まぁでも、そーゆーとこも、俺に影響を受けているところも、少なからず悪い気はしないと思ってしまっているのもまた事実である。


「……俺も、相当ショ」


どうやら問題は、シスコンの兄貴にあるらしい。


















だいすきおにいちゃん
これからもそうでいてくれ






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