10万打記念企画

□私のヒーローは
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私は昔から鈍くさいといわれることが多々あった。

それは大人になっても変わらず、よく壁にぶつかったり、よく扱けたり、よく物をぶちまけたりしていた。

それでもいつもは注意を払いつつ事件を起こしたとしても、そのおかげで最小限に抑えられていたはずなんだ。

そう、今日までは。






「―…ッあ!!」


この時期の箱根はたくさんの人が訪れる。紅葉を見ながら温泉を入る人がたくさんいるのだろう。私も温泉は好きだし、その気持ちはわかる。

でも、その人ごみは私にとって地獄でもあったんだ。
人と人との間を縫うのが嫌いな私にとって、朝の街は本当に地獄だった。早足であるくサラリーマン、飲み明けで帰ってきた酔っ払い、全てが織り成すこの空間。

私は前者の方で、次の取材先へと向かわなければといそいそとその現地へ向かおうとしていたところだった。

そこで、事件は起きる。

前から走るように歩いてきた対向者に気付かず、肩と肩が思い切りぶつかり、私はそのまますってんころりん。大事な取材書類も地面へとばら撒いてしまった。


「…す、すみません…」


起き上がりながら謝り、書類を拾おうとする。しかしその手を掴んだのは、力強い男の手だった。


「オイアンタ、ぶつかっといてんな謝り方でいいと思ってんのか?あ?」

「っひ…!」


ぶつかった相手は、漫画とかでよく見かける獄門所属のようなチンピラ男だった。
うわ、私今日の占い一位だったのに。


「あ、あの本当にすみません…以後気をつけますので、あの、今回は…」

「以後気をつけられても今が困んだよぉ。大体あんたがぶつかったせいで足つまずいちゃって、オニューの靴が先端汚れちゃっただろうが」


そんな大事なものだったら履くなよ!…などとはいえず、私はただすみませんと謝ることしかできなかった。

それでも尚男の罵倒は続く。段々人だかりも出来てきて、しかし誰も助けてくれる人はいなかった。

恥ずかしさと悔しさとで目に涙が溜まる。あぁどうしよう、このままじゃ取材も間に合わない。やっと任された取材なのに、どうしてこんな目にあわなければならないんだ。

誰でもいいから、助けてほしい。
そう拳を強く握り締め、願ったときだった。


「オイ、そんぐらいにしとけヨ」

「っえ…?」


人ごみを割って、私の腕を引っ張ってそう叫んだのは、

箱根学園と書かれたジャージを着た、1人の青年だった。


「あぁ?誰だこのクソガキ」

「ハ、アンタこそ誰だヨ。こんな朝っぱらからいちゃもんつけてる暇あったら、さっさと働いてこいヨ」

「ンだとこのクソガキ!!ぶん殴ンぞ!!」

「いーぜ、殴ってみろヨ。だけど…」


青年はポケットから携帯を取り出し、男の前にちらつかせた。


「もうサツも呼んじまったからァ、無抵抗な俺に手ェ出したあんたがしょっぴかれるけどねェ」


男はそれを聞いて少し青ざめたあと、クソッと言いながら逃げていった。
残されたのは集まってきた人と、その青年と、ただ呆然と立ち尽くす私だけ。


「…大丈夫、スか」

「あ、え?…あ!ご、ごめんなさい私っ…」


私はぺこぺこと頭をさげて、ぶちまかれた書類を拾う。すると彼も手伝ってくれて、書類はすぐに全て拾い集めることができた。


「…あの、助けてくれてありがとうございました。警察も呼んでいただいて……」

「呼んでないッスヨ、嘘だから」

「あ、そうなんだ……
あの、君ってもしかして、箱根学園自転車競技部の選手かな」

「ア?…アー、そうっすけどォ」

「わぁ本当に!?会えて嬉しいなぁ〜私実はこういう者なんだけど…」

「ハァ…
て、月刊サイクルタイムの……」

「そう!知ってる!?」


名刺を渡せば、彼は驚いたように目を見開いた。まぁそうか、知らない訳はないよね、有名な雑誌だし。
私はまぁ、別に有名な記者とかではないけれど。


「アンタ、ロード好きなンすか?」

「え、ど、どうして……?」

「いや、ここの会社女モンの雑誌とかもやってんのに、わざわざロードの方選んでっからァ」


驚いた、この子は凄く鋭いようだ。ロードが好き。そう言われただけで、私の中のテンションが確かに上がっていったのがわかった。


「そ、そうなの!私昔からロードが好きで、ここの会社にも死に物狂いで入ったんだ!それで今日は初めて任された自分の企画の取材に行くはずだったんだよね」

「ヘェ……なんの?」

「ロードに乗っている女の子たちの取材。正直いって、今ってあまり女子のレーサー達って特集組まれること少ないじゃない?だから実際にその現場に行って、彼女たちの熱い思いを聞きたくて。それを連載にすれば、もっとロードに興味を持つ女の子も増えるんじゃないかって………………」

「……。」

「……って、ご、ごめんなさい!」


黙って私を見ている彼を見て、私はハッと気付いた。テンションが上がった私の口からはスラスラと要らんことを口走ってしまった。あまりの恥ずかしさに顔を隠すと、ポカンとしていた彼は笑った。

あ、笑った顔、幼いなぁ。


「良いんじゃねェの、ソレ」

「えっ……」

「取材してくるヤツなんてウゼェのしかいねェと思ってたけど、あんたの取材なら俺、受けてェわ」

「……!」


その言葉に、笑顔に、私は胸が高鳴った。記者としての自分を褒められたからなのか、それとも――


「アンタ、もう行くだろ」

「あ、うん、そうだね……」

「じゃァ俺も行くわ。
もう絡まれンなヨ」

「あ、ちょ……!」


ロードに跨がっていってしまった彼。私が伸ばした手は彼を掴むこともできず、空気を掴んだ。

心臓はまだ、うるさい。




「……また、会いたいなぁ」




















私のヒーローは
名前も知らない、箱根学園のレーサー
奇跡の再会は、もうすぐ









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