10万打記念企画
□遠くて近い
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「告白された」
持っていたメロンパンが手から滑り落ちた。
昼休み。
飯を食っていた俺を電話で呼び出したのは、幼馴染みの徒野棗。「どうしても話したいことがある」とやや興奮ぎみに言われたので、一緒に昼飯をとっていたメンバー3人に別れを告げ、渋々指定された場所、屋上へと足を運んだ。
重たい扉を開ければ、それとほぼ同時にくるりと振り返る女子生徒。それは案の定棗だった。セミロングの髪が風になびき、甘い匂いが鼻を掠める。
しかし違和感というものはすぐに感じられるもので。落ち着かない目線と音を発しないのにパクパクと開く口。そして余裕の無さそうな顔。なんとなく分かっていたが、きっとまた何かあったのだろうと思った。
で、今日はどうしたんだヨ。そう問えば彼女の頬はどんどん染まり、肩が上がる。なんだ、一体。その顔に不覚にも心臓が高鳴ったが、次の瞬間俺は崖から突き落とされたような感覚に襲われた。
告白されたと、その口が動いた。
「……は、」
「こ、こここ、告白!されたの!!!」
「ッセ!!聞こえてんだヨ!!」
「ご、ごめん……」
吠えるように告げられこちらも吠えるに返す。棗は叱られた子犬のようにシュンと縮まった。
聞き間違い、ではなかった。確かにこいつは告白されたとそう言ったのだ。
「……で、誰にィ」
「お、同じクラスの、町田くん」
「……町田ァ?」
自分の眉が面白いほどピクリと動いたのを感じた。
棗のクラスの町田という男。顔はまぁそこそこの奴だが爽やかで運動神経も抜群、頭もまぁまぁ良いそりゃあ絵に書いたような男だ。
生憎俺の学年には新開東堂というファンクラブまで持つほどの男どもがいるが、こいつもまぁモテている部類に入る男なのだろう。以前クラスの女共が話しているのを聞いた。
棗のそんな女どもと同じようにイケメンの町田から告白されて嬉しいのか、それともただ単に誰かに告白されたことが嬉しいのか。恐らく後者の理由であろう、嬉しそうに俺の前でくるくると回っている。俺はそれが少しカチンときた。
アホか、テメェ。
これだから何も知らねェ甘チャンは漬け込まれんだヨ。
「……ろ」
「え?」
「町田だけは、やめとけ」
俺の言葉に、棗は目を見開いた。
町田は確かに女にも男にも優しい。だがそれは、所謂"表の顔"というやつだ。
町田の本性、それは重度の遊び人だということだ。中学のとき、そしてこの学校でも例外ではない。次から次に女とタノシイコトをし、そして捨てる。しかし女もそんなことをされても満更でないのか、町田がそういう人間だということを特に公言することはなかった。
だから、被害者が増え続け、そして狙われるのだ。
棗のように、小動物みてぇな、騙されやすい奴が。
「ど、どうして?なんで?」
「あいつは遊び人なんだヨ。周りが知らねェだけで」
「な、なんでそんなこと靖友が知ってるの?そんなの分からないじゃない!」
「分かってるから言ってンだヨ!大体テメェがそんなポヤッとしてっから狙われんだぞ!」
「ぽっ……ポヤッとって何よ!狙われるって何よ!どうしてそんなことしか言わないの!?どうして応援してくれないの!?」
「応援できっかよ……!!
なんでテメェの恋なんか応援しなきゃなんねぇんだヨ!!」
棗の目が見開かれる。
ちげぇ、ちげぇんだ。俺はこんなこと、言いてェんじゃねェ。
「…それともなにか?ヤリチンってわかってっけど、イケメンだしモテてっし、遊んでみてェから?たまたま来た男ひっかけるってか?
……ッハ、お前もとうとう、ビッチの仲間入りかヨ?」
「っ……!!」
パァンと、乾いた音が響いた。
左頬が、ジンジンと痛む。
「……っ最、低」
棗は一筋涙を落としてから、屋上を出ていった。
「……やっちまった。」
俺は追いかけるように、屋上を出た。
*********
「……―ッ待てヨ!!」
「っ!」
グインと腕が引っ張られ、全力で回っていた足が止まる。誰が引っ張ったなんて、見なくてもわかる。
そっか、足はやかったもんね、
靖友。
「……なに」
「……棗」
自分でもビックリするぐらい低い声が出た。だけど靖友はただ、私の名前を呼ぶだけだった。
靖友、私ちゃんと分かってる。靖友が本当に心配してくれて、ああやって言ってくれたのだって。私が聞き分けがないから、キツイ言葉を言ってくれたのだって分かってるんだよ。
だけど、でもね、
「……私、遊びたくなんてないよ。」
「あ……?」
「本当はずっと、好きな人、いるんだよ」
誰に告白をされたって、誰に何を言われたって、靖友に私の恋を応援されなくたって、構わない。
「……私、ずっと靖友のこと好きだったんだよ。」
「……!!」
靖友の細い目が、これでもかというほど開かれた。
昔からぶっきらぼうで、短気で、意地悪で、口が悪い靖友。
でも本当は優しくて、格好よくて、誰よりも私を大事にしたくれた靖友。
「ひどい話だけど、私が喜んでたのは、告白されたからじゃない。靖友が私の話を聞いて、不機嫌な顔してくれたから、イライラしてくれたから、なんだかそれが嬉しくなっちゃったの……」
「……。」
私はずるい。私は子どもだ。
あなたに告白する勇気がないから、あなたとのこの関係を壊したくないから、あなたが大事だから、動けなかった。
だから告白してきた町田くんをダシに使って、あなたが私のことをどう思っているか引っかけてみたかったの。
そしたら分かりやすいあなたの顔に出たのは、確かな「嫉妬」の感情だった。
それが無償に、勘違いかもしれなかったけれど、嬉しかったんだ。
「ごめん、本当は叩かれるのも怒られるのも、私の方なのに……」
「……。」
「ごめんね……」
振り向けないでいる私には、腕をつかんでいる彼が今どんな表情なのかは分からない。ただ彼はギュッと私の腕を握りしめていて、ただ黙っていた。
……もう、終わりだ。
この関係も、ずっと守ってきた、幼馴染みという関係も。
「……棗」
「っ」
自分の肩が大袈裟なまでに震える。
どうして、名前しか呼ばないの。靖友、どうして何も言わないの。
「……泣くなヨ」
「っわ…」
靖友は離れるどころか、気付けば泣いていた私を、自分の胸の元へと引き寄せ抱き締めていた。
「……やす、とも」
「……町田やめろっつったのは、本当にあいつは、遊び人だからァ」
「……うん、心配してくれたんだよね、ありがとう。」
「ッセ、礼はいんだヨ。
……って、そーじゃなくてェ」
アーと頭の上で歯切れ悪く唸る靖友。いやあの、心臓、こわれそ……
「棗」
「は、い」
顔をあげると、案外近くにあった靖友の顔。また心臓がバクンと高鳴るが、私の耳の横にあるもう一人の心臓も、バクンバクンと高鳴っていた。
そしてその薄い口は、ゆっくりと動いた。
「……町田なんかやめて、俺にしねェ?」
私は泣きながら、彼にしがみついた。
遠くて近い
でも今は、誰よりも近い
*