10万打記念企画

□キューピッドは野獣
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流れるような黒い髪。笑うとほのかに出来るえくぼ。耳に入るその声はどの音よりも落ち着く。


「徒野」


名前を呼べば、彼女はその大きな瞳を瞬きさせながら、俺を振り返った。


「なに?黒田」


俺は、同じクラスの徒野棗に恋をしている。





********



「はぁ……」


ハードな練習が終わり、着替えるべく部室に密集した選手たちの中で、俺は一人ため息を吐いた。

それは練習後の一息という意味でもあるが、大半を占める理由は俺の片想いの相手、徒野のことであった。

今日の昼。俺は彼女がよく1人足を運んでいる花壇へと向かった。そこには案の定徒野がいて、嬉しそうに花に水をやっている。その後ろ姿だけで俺の心臓はバクバクと高鳴る。

その後ろ姿に声をかければ、彼女は振り返る。ここは冒頭の出来事と同様である。徒野は俺の大好きな笑顔を俺に向ける。ここまではいい。ここまではすげぇ良い話だ。

問題は、ここからだ。


「ナァニ溜め息ついてンだヨ辛気臭ェな」

「あ、荒北さん…」


ベンチに座る俺に声をかけてきたのは自転車部の先輩、俺の元天敵現在は目標である荒北靖友さんが俺を見下ろしていた。

俺はそんな彼に「いや、何でもないっス」とだけ返して視線をまた自分の足元へと落とした。荒北さんは何だかんだ優しい人間だからきっと相談にはのってくれるだろうが、どうもこの話だけは、彼女の話だけは荒北さんにしたくないのだ。


「そういえば黒田さん、今日女子生徒に告白しようとしてましたよね〜」

「バッ…!!てめこの真波ぃぃ!!」

「…ホー?」


俺と荒北さんの間に爆弾を投下したのは、うちの不思議チャンこと真波山岳だった。

そう、俺が今日こんなにも溜め息ばかりついているのは、彼女に…徒野に、意を決し告白しようとしたのだが、見事出来ず失敗してしまったからなのである。

そしてなぜ俺がこのことを荒北さんに話したくないのかというと…


「おーおー、また失敗しちまったのかァユキチャンは」


この人が俺の恋愛事情を知ってからというものの、こうやって失敗をする度にからかってくるからである。

ほら、今もうぜぇぐらいのニヤケ顔で俺のことを見てきやがる。


「…ッ関係ねぇじゃないですか」

「それがいつも相談にのってやってる先輩様への態度かァ?ユキチャンよォ」

「そのユキチャンってやめてくださいよ!大体相談っつったって、荒北さんいつもからかうだけじゃねーか…」

「アァ?いつも告白もできねェで失敗してメソメソしてるヘタレ野郎いじってなにが悪ィンだヨ」

「ッこンの…!!」


一発殴ってやろうかと思って立ち上がったが、思いのほか図星だったので、俺は意気消沈してまたふらりとベンチに座った。荒北さんはそんな俺を不思議そうに見ている。

そしてぽりぽりと頭をかいた後、申し訳なさそうに「アー…そのヨォ」と小さく呟いた。


「案外、伝わってンじゃナァイ?」

「何がッスか…」

「後は、お前が動くだけだロ」

「?」


答えになっていないその返事に、今度は俺が不思議そうに荒北さんを見上げた。しかし彼はそれ以上そのことについて何も言わず、ただ一言言い放って、部室を出て行った。


「根性見せてみろヨ、クソエリート」


その言葉が、俺の闘争心に火をつける。






******





「徒野」


次の日。
俺はまた、徒野のいる花壇へと足を運んだ。徒野はもちろんいて、昨日同様俺を振り返る。その笑顔は、やっぱりカワイイ。


「どうしたの?黒田」


俺の名前を呼ぶ声すら、俺の心臓、体温、テンションその他もろもろを上昇させるには十分なスパイスとなる。

グッと拳を握り締めてから、徒野に近づく。すると座り込んでいた徒野もスッと立ち上がり、俺の頭1つ分ほど下から俺を見上げる。くそ、かわいい。


「…今、大丈夫か」

「うん、もう花に水もあげたし、大丈夫だよ」

「そ、そうか」

「うん。それで―…」


なぁに?と首を傾げる徒野。やめてくれ、それ以上攻撃(カワイイ行動)されたら、俺のライフはゼロになる。
だが俺は、負けるわけにはいかない。

昨日荒北さんに言われた一言。よぎった入部当初の出来事。あの人に負けるのが悔しくて、俺は他のもの何もかも捨てて、ロードに打ち込んだ。

あのときのように、
俺は、根性を見せなければならない。

男を、見せなければならねぇんだ!!


「徒野、」

「はい」

「…おれ、俺さ」

「うん」

「ず、ずっと前から、な…」

「うん」

「……徒野の、ことが…」

「…。」

「す……」

「……。」

「…………。」



言えねぇ。

「す」という口にしたまま固まってしまった俺。そしてそれを見上げたままいつもじゃ見られないほどの徒野の真剣な顔。

おいおい待てよなんで徒野までこんな真剣な顔してんだよ。なんでいつもみたいに「なにー?」とか「黙るなよー」とか無駄に絡んでこねぇんだよ!!


―案外伝わってンじゃナァイ?

―後は、お前が動くだけだロ


「…!」


一瞬、荒北さんのその言葉が脳裏をよぎった。
俺はゆっくりと、徒野を見る。

気付けば徒野は俯いていて、その顔は見えないが、髪の隙間からのぞく耳は真っ赤だった。

それを見た俺の心臓は、本当に壊れてしまうんじゃないかというほどバクンと高鳴った。

いや、待てよ、そんな…
荒北さんの言葉と徒野の表情を見て、俺は顔が徐々にニヤケていくのがわかった。

だって、いいのか?これ、期待していいのかよ。無性に叫びたい衝動にかられるが、ニヤケそうな顔と一緒にその衝動をグッと堪える。

もういい、ヘタレでもいい、メソメソ野郎でもいい、クソエリートでもいい。


だってきっと今俺は、この世で一番幸せ者になるから。




俺は彼女の腕を引っ張って、思い切り抱きしめた。
































キューピッドは野獣
(荒北先輩、黒田に告白してもらえました!!)
(良かったネ、まァせいぜい仲良くしろヨ)











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