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あれから月日は流れ
季節はもうすぐ冬を迎えようとしていた。
最近の私はといえば、とりあえず受験に向けてぼちぼちと勉強をしている。たまの息抜きに友人と出かけたり、バイトをしたり。
今日も今日とて、私は図書室で勉強をしている。
「うーん…難しい……」
クルクルとペンを回しながら、机の上に広がったテキストに頭を悩ませる。
このままでは受験厳しいかなあなんて一抹の不安もよぎる。
どうするべきかなぁとため息をついたその時。
机を挟んで目の前の椅子がガタリと引く音が聞こえた。
どうして他にも席があんのに私の目の前に座るんだと多少の疑問と理由のない怒りを覚えながらも、私は顔も上げず、テキストに集中した。
しかしどうにもこうにも解けない。わからない。自分の馬鹿さ加減に相変わらず笑えてくるなあと思いつつ顔をゆがませていると、前に座っている人がクスリと笑ったのが聞こえた。
くそ、私の前にわざわざ座るだけじゃなく人の苦しんでいる様を見て笑うのか。なんて畜生だと思いながら顔をグンっとあげると、その顔を見て思わず息をのんだ。
「や、靖友!?」
「オー」
笑いを堪えながら片手をあげたのは、荒北靖友だった。思わず出してしまった大声に私が勢いよく口をふさげば、またクツクツと笑い始める。
ひ、久しぶりの靖友だ…だってあの日からもう何日も話せていなかったから、なんだかうれしくなってしまう。
そんな私に気づいたのか、靖友は笑顔のまま私の頭を撫でた。
「悪ィな、連絡できねーで。
部活の追い出しレース?みてェなのあったからヨ、勉強もしなきゃなんねかったから地味に忙しくて」
「あ、そ、そうだったんだ。
てっきり怒ってて、連絡くれないのかと…」
「ハァ?」
「あ」
思わず口から出てしまった本音に私が口をつぐむと、荒北はすごく嫌そうな顔をした。
まずい、この話題は…。
「…あの、靖友、この前は―」
「お前、あいつとはもう連絡とってねぇだろ」
「え?」
「とってねェよなァ?」
「も、もちろんです!はい!」
「なんで敬語だよ」
私が謝ろうとするとかぶせてそう言ってきた彼の瞳は、まるで野獣のようなだった。そんな目で睨まれた私は、首をブンブンと振りながら靖友にそう返す。敬語だったのがツボなのか、靖友はまた笑った。
靖友、今日よく笑うなぁ。
「ン、ならもう気にすんな」
「靖友…」
「俺はお前のこと、信じてっから」
彼はそう言い、私の頭をやさしく撫でた。
本当に彼のやさしさに、私は救われる。
思わずつぶっていた目を開けば、笑うにしてはどこかニヤニヤしていた靖友が目に入り、思わず笑いそうになってしまった。
一体なんなんだ、この上機嫌さは、
絶対なんかあっただろう。
「…ねえ靖友、なんかあった?」
「ナンデ」
「な、なんかとてつもなく笑顔だから…」
怒られる覚悟で私が恐る恐る聞けば、靖友はアーと言いながらポケットをガサガサと漁り始めた。どんだけポケットの中入ってんだよと突っ込みたくなったが堪えて待っていると、ホイと手渡された紙は、
「…よ、洋南A判定!?」
「オー、スゲェだろ」
私の驚きがよほどうれしかったのか、ニコニコと笑う靖友。靖友から渡されたのは、この前の模試の判定結果だった。ちなみに私は明早B判定であった。
す、すごい靖友…前々回なんてD判定だったのに…。
「す、すごいよ靖友!すごい!」
「アリガト。でも声でけぇよ」
「あ、す、すみません…」
でも、本当にうれしかった。だって靖友が、この短期間でA判定をもらうほど努力していたのだ。
彼は何も言わず、人知れず勉強を頑張り、そして結果をだした。
洋南への切符を、ほんの少し触ったのだ。
「……。」
「?どうした」
それはつまり、私と彼は本当に
離れ離れになるということで…
「おい、オーーーイ」
「―っあ、ご、ごめん…なに?」
「ナニ?じゃねぇよ。お前が急に黙りはじめたんだろ」
「あ、そっか…ごめん」
「変なヤツ」
靖友はそういって、私のテキストを読み始めた。
そうだ、私と靖友は違う志望校で、目指す将来も違う。これが当たり前なんだ。喜ばなくちゃ。
…私と彼が、離れてしまうことを、喜ばなくては。
「まァこんだけ頑張りゃァ、少しは時間作れンな」
「え、なにが?」
「なにって、決まってんだろ」
急にそんなことを言い始めるものだから、私はパッと顔をあげた。すると靖友は私のシャーペンを使い、私のテキストになにかを書き始める。
書きあげられた文字を見て、私は顔を染めた。
「…ま、俺が頑張ったのはコーユーことだよ」
「…や、靖友。顔あかい…」
「ッセ見んじゃねェよ!!」
バッと顔をそらした靖友。そして彼は立ち上がり入り口の方へと歩いて行ってしまった。
もう一度テキストを眺め、その文字を見る。そこには…
―おまえとの時間、作るためダヨ!!
そう乱雑に、書かれていた。
「……信じよう」
靖友が私を信じて許してくれたように、
私も彼を信じよう。
たとえ離れたとしても、彼の心は変わらないと。
そう決意して、私は靖友の後を追おうと片づけをすませ席を立った。
しかし足元に、カサリと何かを踏んだ感触がした。
「…ん?紙?」
足元を見れば、そこにあったのは紙切れ。さっきまでなかったし、模試の結果用紙を出す際に靖友が落としたのだろうか。そう思いそれを拾い上げ、何気なく中を開いた。
「…!!」
その文を読んだ私の瞳は、大きく見開かれた。
そこに書いてあったのは、
「棗帰んぞ!!」
「……―あ、うん」
靖友の声が聞こえ、私は思わずそれを自分の鞄の中に締まった。
心臓が、バクバクと鳴りやまない。
「顔色悪ィぞ」
「あ、うそ…たぶん勉強してたからかな、はは」
「ホントかよ。あんま無理すんなよ」
「はは…ごめん…」
久々の帰り道、嬉しいはずなのに、楽しいはずなのに、私の心臓は終始嫌な風に鳴り続けた。
『一緒の学校なの!?
教えてくれてありがとう荒北君。
私本当はね、ずっと好きだったんだ』
かわいらしい字で書かれた、あの手紙。
どうして靖友は、いつもは捨てそうなこの手紙を、大事にとっといてたんだろう。
「……ねえ、靖友」
「ア?」
「………ううん、なんでもない」
「なんだよ、お前」
機嫌がよかったのは、本当に模試のせい?
そう聞こうとして、やめた。
ねえ靖友。
私、信じていいんだよね?
初めて感じた不安に
私は一人拳を握りしめた。
*