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靖友と仲直りをして、
またいつもの日常が流れ始めた。
「あ、ソレうまそう」
「作ったんだよー。食べる?」
「ン」
お昼もまた一緒に食べるようになって、ていうか前より仲が良くなった気がする。
お互い言いたいことも言えるようになって、秘密事も無くなってきたし、これはいい兆しがさしているんじゃないかと思う。
「あ、そういえば」
「ア?」
「今度の土曜日ね、実家に行くことになったの。明早のオープンキャンパスでさ。」
「ヘェ、てこたァ新開と福チャンも行くのか」
「そうだよ」
「フーン」
あ、ちょっとつまんなさそうな顔してる。
大学が違うことが分かってから、私が他の男子と近付くのを靖友は妙に気にするようになった。
バカだなぁ、新開くんや寿一くんとそんなことあるわけないのに。
「靖友、やきもち?」
「アァ!?ンなワケねーだろ」
「あはは、かわいいねぇ」
「ッセ!ちげーッての!」
靖友の大きな手のひらが延びてきて、私の頭をグシャグシャと撫でくりまわした。痛い。
「ッたく……おめーは只でさえ鈍感バァカチャンなんだから、気を付けろよ」
「もう、心配性だなぁ」
優しくなった手のひらに頬を擦り寄せて言うと、顔を赤くした靖友はケッと鼻で笑った。性格は素直ではないけれど、彼の顔は素直ならしい。
大丈夫、私なんかに声をかける人間はいないし、何かあってもあの二人がいてくれるんだ。話しかける人はいないだろう。
もし話し掛けてきたとしても、ちゃんと断るし、うん。
何かあったら、靖友に言うし。
大丈夫だろう。
そう思って、私は靖友のさらさらの髪に自分の指を通した。
********
「ひぇー……」
私は大きな大きな建物を見上げて、ため息をついた。
週末は直ぐにやってきた。
一緒に東京へと足を運んだ寿一くんと新開くんも、大きな建物……つまりは明早大学のキャンパスを見上げながら、同じように惚けていた。
さすがは東京というべきか。明早大学だけじゃない、大学の周りの建物も大きな建物ばかりで、自然豊かな箱根とは大違いのギャップに、私達は早々に疲れていた。
おかしいなぁ、彼らはともかく、私元は東京生まれ東京育ちのはずなんだけど……
「すげぇな、明早」
「あぁ。自転車競技部の設備も整っていそうだな。」
「あはは、寿一くんやっぱり自転車のことばっかだね」
「当然だ。」
相変わらずの寿一くんに苦笑いしつつ、私達は中へと入った。校内に入ってすぐ目に入ったのは、法学部、経済学部、工学部…と、学部の名前が書かれたプラカードだった。学部ごとの説明会なのだろう、自分の受けたい学部に行けということか。
一先ず彼らとはお別れの挨拶を交わした私は自分の学部、教育学部と書かれたプラカードを持った係生徒の元まで向かった。
人だかりに着き辺りを見回すと、女子生徒だけだと思っていた教育学部は案外男子生徒もいて、結構な人数でわいわいと盛り上がっていた。先程まで3人だったが今は1人の私、つまりはぼっちというやつだが、気にせず携帯をいじることにした。
すると、受信BOXに1通のメールが入っていた。
誰だろう。
「……あ」
思わず声をもらしてしまった。
メールの相手は、案の定というか、やはりというか、心配性の荒北靖友だった。
そこには『変なヤツいたら逃げるか、新開か福チャンに助けてもらえヨ』と書かれていた。母親かお前はとツッコんでやりたかったが、そこは素直に『分かった、ありがとう。』とだけ返しておいた。
まったく、靖友の心配性も困ったもんだ。
変な奴なんていないだろう、こんな所に。
第一、話しかけられても私が無視すればいい話なんだから、大丈夫なんだってば。それに子どもじゃないんだから、ホイホイ着いていったりもしないし。
浮気されるとでも思っているのだろうか。有り得ないのに。
今は隠し事の1つもしていないんだぞ。これからだって、するつもりはない。
靖友に隠すことなんて、
1つも――――
「……あの」
声が聞こえたと思ったら、後ろから誰かに肩をポンッと叩かれた。
え、うそ。まさか、本当に話しかけられるなんて思ってもみなかった私は、早々に焦る。
しかし瞬間的に靖友の言葉を思いだした私は、無視を決め込むことにした。あのとか、そのとか話しかけられているが、無視。
しかしいくら無視を決め込んだところで、声をかけてき人物は私の肩を離そうとはしなかった。
しつこいなぁ。
そう思っていた、矢先
「あのさ、もしかして……
徒野棗?」
「……え?」
教えていないはずの名前を、呼んだのだ。
まさか名前を呼ばれると思わなかった私は、思わず反射的にそちらを振り向く。
そこにいたのは、
茶色いふわふわの、髪。
「…………!」
その姿を見て、私は固まった。
その柔らかそうな髪
綺麗な二重の瞳
楽しそうにつり上がる口角。
まるで、好青年を絵に書いたような人物。
忘れない。忘れなかった。
脳裏に焼き付いた記憶は、何年も前のもののはずなのに、容易に私に思い起こさせた。
どうして、ここに。
「……久しぶり、棗」
固まる私とは対照的に
彼はそう言って、笑った。
「……芝田」
幸せは
長くは続かない。
*