one more time

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「服よし、化粧よし、髪よし。
だ、大丈夫…平気だよガンバレ私。」



鏡の前で両頬をバチンと叩き、気合を入れた。


寮に戻るのは今日の朝のはずだったが、いてもたってもいられなくなり、結局昨日の夜の電車で帰ってきてしまった。
我ながら、なんて行動力…。

そして朝、予定より一時間も早く起きて、決めすぎずダサすぎずの服を決めて、化粧を濃すぎず薄すぎずして、髪も綺麗にとかした。
公園で、話すだけなんだけどね、うん。無駄に気合が入ってしまった自分に、なんだか笑えてくる。

しかし、だ。しかし。
今日は2人で会える、ラストチャンスかもしれないんだ。

赤坂さん、よく了承してくれたなぁと始め思ったが、彼女はなんだかんだとても良い人だったし、話す機会を与えてくれたんだろう。

脅しで付き合ったとか、荒北は今も私が…とか言っていたが、あんな良い女性、好きにならないほうがおかしい。


きっと、多分、結果はNOだろうけど、それでも良い。
荒北は多分、友達に戻ろうとしてくれているし、それで良いんだ。



「よし、行くかぁ!」



約束の時間まで、もうすこし。
今日の集合場所は公園だったから、途中の道で会うかもしれないなぁ。

私は最後に深呼吸を1つして、部屋を出た。














*******







少し歩いて、公園に着いた。
結局、途中の荒北には会わなかった。

おかしいなぁ、寝坊でもしたのかなと公園を見渡す、と。



「っ…」



いた、後ろ姿だからあんま分からないけど、荒北、だと思うけど。

その荒北と思わしき人物は、公園の滑り台の下部分に座っていた。
うわ、いた、うわ、緊張。


息を吸って、吐いて。
ゆっくりと、その滑り台に近づく。
足が石のように重くて、心臓がバカみたいにうるさくって、顔はだんだん熱くなる。


近くまでいって、そこで始めてちゃんと荒北だと、わかった。
また小さく深呼吸して、震える手で、彼の肩を叩く。

それに反応して、荒北が、ゆっくりと、振り向く。



「……ひさし、ぶり。荒北。」

「…ヨォ、徒野。」



声は、小さかったけど、でも。
確かに私の中の、会えて嬉しいって気持ちが、声に乗って、荒北へと伝わった。
荒北も顔を綻ばせ、私に返事をかえす。

荒北はよっこらせと座っていた滑り台から立ち上がり、私の前に立つ。
久々に近くに立った彼はやっぱり大きくて、かっこよくて、

それだけで、私の心臓ははちきれそうだった。



「きょ、今日は呼んでくれて、ありがとう」

「あ、アァ。来てくれて、アンガトネェ」



お互いにぎこちなく、話す。
沈黙が続く。

だが、この沈黙を打破しなければならない。
私は言わなければならない。
もう荒北に甘えられない、私が、自分から、言わなきゃ。

口動け、声出せ、喋れ、私。
いけ、いけ、いけ――!!



「あのさぁ!!」
「あのヨォ」



私の大声と、荒北の低い声が、重なる。
それは公園中に響いて、お互いの耳をも揺らした。

意を決して声を出したのに、重なった。どうしよう。荒北も目を見開いてる。



「あ、え、と…なに?」

「い、いや、お前が先言えヨ」

「え、えぇ?」



私が聞いても、荒北はお前からの一点張りだった。
そ、そうだよね…私から話そうと決めていたんだし、私から話さないと。

よ、よし。



「あ、あn「イヤ待て!俺!俺が…話すからァ」……あ、う、うん」



なんだよ、もう。
私が声を出した瞬間、それを制してきたのは荒北。
私はなんだかその気迫に圧されて、思わずはいと返事をしてしまった。

あぁ、私から話すと決めていたのに…私の馬鹿野郎。



「アー、まず、はだ………インハイ観に来てくれてアンガトヨ」

「あ、う、うん。こちらこそ、最終日しか観に行けなくて、ごめん」

「っとだよ。最終日だけとか、このバァカチャンが」

「いでっ」



ビシンッと荒北におでこを弾かれる。
いたい。



「勝つとこ、見してやりたかった。
カッコワリーとこ見しちまって、ダセェよな」

「はぁ!何言ってんの!
確かに勝つの大事かもしれないけど、私は自転車に乗ってる皆を見れただけでそれで十分だったよ。
それに荒北は……

めっちゃくちゃカッコよかったから!!」



荒北は私の言葉に目を丸くする。
勢いで言ってしまった私も、自分が何を言ったのか段々自覚し始めて、顔がボンッと熱くなる。

荒北も頬を同じように染めて、私を見つめる。
うわ、なに、なに?



「……徒野、」

「…は、はい」

「俺と赤坂が、付き合った理由……話しても、平気ィ?」

「……。」



急に名前を呼ばれたかと思ったら、きた、この話題。
まさかこんな早々に来るとは。
私の体はギュッと固まる。



「……あの日、俺は赤坂に自分とも出掛けてほしいって、徒野と二人で出掛けられて、私が無理な理由はなに…って言われた。
俺もムキになっちまって、了承して、そんで練習終わりにあいつと公園で落ち合ったんだ。」



きっと私と荒北が噂された時期の頃の話だろう。懐かしいな。
さらに荒北は言葉をつなぐ。



「そんで、会って、したら……」

「したら?」

「…………。」

「ちょ、荒北?」



急に黙りこくる荒北。
なんだ、今日はそういうの多いな。私は荒北の肩を揺らそうと手を伸ばす。

が、それより前に、荒北が口を開いた。



「ーーキス、された」

「!」


私の体が、さっきよりも固まった。
荒北と赤坂さんが、キスー?



「それを写真撮られて、お前に、徒野に見られたくねェなら、自分と付き合えっつって…」

「……。」

「幻滅、したよナァ。あの時の俺もそうなると思って、その交渉をのんだ。
お前にバレて、幻滅されて、軽いって思われたくねェで……」



荒北は自嘲気味に笑う。
キスって、撮られたって、脅しって……それで付き合った?交渉をのんだ?

そんなの、そんなのって、
なんで、気付かないの、荒北。



「…………か」

「ア?」

「……バカ!バカ荒北!!!」



そう叫んで、荒北の胸ぐらをぐいっと掴む。

バカだ、ほんとに。
変なとこ真面目、気にしてるし、ほんとにバカなんじゃないのか、荒北。



「キスされるのも、嫌だけど!
…っでも付き合っちゃうほうが何倍も嫌だって、苦しいって……

なんでわかんなかったのよ!バァカー!!!」



荒北がバカすぎたことになのか、それともこの心のどこかから溢れる安心感からなのか、涙がボロボロと出てきた。

なんだ、そっかぁ…荒北、そうだったんだ。
赤坂が脅しちゃったって、ほんとのことだったんだね。

思っていいのか、わからないけれど、荒北が本当に赤坂さんに好意があって付き合ったわけではなかったということに、私は、すごく、嬉しかった。



「…悪ィ、徒野」

「っぅわ」



小さく耳元で告げられた後、優しく、本当に優しく、荒北は私を自分の腕の中におさめた。

私の体温と、荒北の体温が、一緒になる。
鼓動が、伝わる。
私のバカみたいに早い鼓動が、荒北にわかってしまう。



「色々、遠回りしちまって、こんなんなっちまったけど、
でも俺は、インハイの時言ったみてェに、お前がいれば何でも乗り越えられるって、お前がいれば後は何だっていいって思えるんだ。
それはずっと、前も、今も、これからも、変わらねェヨ」

「?……荒北、それってどうゆうー」



「好きだ、徒野」

「!!」



私の鼓膜を、小さな小さな荒北の、細い声が、揺らした。
頭の理解が、遅れる。思考が止まる。

でも、そんなのちがう、だって荒北には、



「……でも、荒北には、赤坂さんがーー」

「別れた。
…てェか、あいつにフラれた。」

「えっ!?」

「わかってたんだ、あいつも。お前にフラれても、諦めきれねェで、別の女にいくことも出来ねェ俺のことを。」



荒北の腕の力が強まる。
あぁ、心臓がいたい。



「お前に勝てるヤツなんていねェ。
そのバカみてェに素直なとこも、口悪ィとこも、オッサンみてェなとこも、でも心の底から優しいとこも、頑張りすぎなとこも……その笑顔も、全部最強、全部、好きだ。」

「……っ」



荒北は私を抱き締めたまま、囁くように言葉を繋ぐ。
私はただその言葉に鼓動を早め、涙を流すだけだった。

こんなに思ってくれていたのか、彼は。
なんでもっと早く、自分の気持ちに素直に答えてあげられなかったんだろう。なんでもっと早く、向き合ってあげなかったんだろう。



でも、でももし。
私が今から自分の話をしてしまったら、

荒北は私のことをどう思うんだろう。



「荒北、荒北」

「……ン?」

「私、も……言わなきゃいけないこと、あるの。
でもそれを聞いてしまったら、荒北、私のこと嫌いになるかもしれない。」



抱き締められたまま、荒北の顔をみる。
距離が近い、恥ずかしいけど、目を背けて言うことじゃない。



「私が、人を好きになれなかった、理由」

「……アァ」



声が、震える。荒北はいつになく真剣な顔つき。
あぁ、怖い、けど、言わなきゃ。



「……まだ、中学生のとき、とっても好きな人がいたの。
それでね、頑張って告白してね、付き合えたの。

最初は楽しかったんだ、いつも笑ってた。
だけど、いつからか、彼は変わって……最初はちょっとの嫉妬ぐらいだった。
でもそれが段々強い束縛、暴言、終いには暴力に変わっていったの」

「……っ」



荒北が息を飲んだのが、わかった。
ごめんね、重いよね、こんな話。
ごめんね。



「何度も何度も殴られて、もう死んじゃうと思って、逃げるように別れて、箱学に入学した。

それで、気付いたらもう、誰も好きになれなくなった。また同じことをされたらどうしようって。
必死に彼のこと忘れようとした。
……でも、忘れられないの。

傷が、残ってる、から」

「……傷、て」



荒北の目が見開かれる。
そんな顔させて、ごめんね。



「……私、荒北が思ってるような綺麗な人間じゃないの。体にはその傷だって残ってるし、心はグチャグチャだったし、私、きたないの……」

「……」

「ごめんね、嫌だよね、本当に。
綺麗じゃなくて、ごめーー」


瞬間、ふわりと、荒北の匂いが鼻をかすめる。
荒北は私が最後まで言葉を繋ぐ前に、私のことを、よりいっそう強く抱き締めていた。



「汚くなんか、ねェヨ」

「!」

「汚くなんかねェ、そんな傷、俺にだってあらァ。しかも荒れてた時に、喧嘩して作ったしょーもねェ傷だ。

だけどお前のはしょーもなかねェだろ。お前なりに頑張って、耐えて、そいつと向き合おうとした勲章だろ。」

「……っ」



目が霞んでいくのが分かる。
勲章なんて、そんな大層なものじゃないのに、そんなこと、始めて言われた。

なんで、荒北はいつも、私を救ってくれる言葉をくれるんだろう。



「徒野、お前はもう、それ乗り越えられたダロ?」

「……うん、もう、大丈夫」

「なら、それで十分だヨ。
もう、誰もお前を傷付けたりしねェ。安心しろ。」

「……っうん、うん」



私を縛り付けていた、最後の鎖が、崩れていくのがわかった。

荒北、私を救ってくれて、ありがとう。



「……荒北、ありがとう」

「ン、気にすんな」

「……荒北」

「ア?」



荒北に出会って、私は自分の心が段々変わっていくのを、本当は感じ取っていた。

貴方のその不器用で、でも暖かい心が、私の鎖で縛られ、冷たくなった心を暖め、鎖を必死に怖そうとしてくれていたこと、伝わった。

あなたがいたから、私は変われた。
あなたがいたから、前に進めたの。


荒北、荒北。
都合いいかもしれないけど、きっと私、ずっとそんな荒北のこと……


「私、荒北が

好きです。」



やっと言えた、伝えられた気持ち。
荒北は目を見開いて、顔を真っ赤に染めて、柄にもなく目に涙をためて、私をギュッと抱き締めた。
私もそれに答えて、荒北をギュッと抱き締める。



「好きだ、好きだ、棗」

「私も、大好き、靖友」



もう一度告げられた好きの言葉は、とても、暖かかった。
荒北は、靖友は、太陽みたいに、暖かい人間だった。



荒北の顔が近付き、私も瞳を閉じる。

そして、私達の距離は、0センチになった。








私は人を好きになれなかった。
もう誰も、好きになりたくなかった。

でも、そんな私も、誰かのおかげで、大好きな人のおかげで、変われた。
恋は、傷付いた恋を癒すって、本当のことだよ。


恋にはたくさん種類があって、幸せな恋、辛い恋、たくさんあるけど、
でもどれも、どの恋も、キラキラしていることに変わりはない。




荒北、あなたと私の恋も
きっと今、世界一キラキラしているよね。













one more time
私はもう一度恋をする
私を救ってくれた
大好きな貴方と





















fin
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