one more time
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あの日、インターハイの最終日、徒野が帰った後に来たのは、赤坂。
徒野のことで何か一言言ってやろうと思ったが、赤坂の顔を見て、俺は声を出すことをやめた。
いつものあのどこか泣きそうな、苦しそうなツラではなく、俺が初めて見た時のような、明るい笑顔で俺を見ていた。
その時はいつもと違う雰囲気に違和感を覚えただけだったが、その違和感は数日後、わかることとなった。
赤坂から告げられた、別れの言葉。
そして謝罪と、徒野との祝福を願っての言葉。
赤坂は全部知っていた。俺の気持ちは勿論、徒野に何があって、今どういう状況なのかも。
さすがに徒野のことは教えてはこなかったし、俺も聞くことはしなかったが。
赤坂の気持ちは痛いほど伝わって来たし、俺も柄にもなく只ならぬ罪悪感に襲われたが、赤坂は笑顔で、幸せになってくれと、自分はもっと素敵な奴を見つけて、幸せになると、それだけ言って、笑った。
赤坂の笑顔は、どこか徒野と似ていて。
その笑顔で、俺の罪悪感は少しだけ消え、俺も赤坂に、笑顔を見せた。
赤坂はきっと、俺なんかよりずっと良い奴と付き合うことができるだろう。
俺は胸の中で、願う。
次は必ず、その誰かと、幸せになってほしい。
赤坂との付き合いは、そこで幕を閉じた。
―そして、今。
俺は携帯を片手に、部屋の中をウロウロとしていた。
画面には、徒野棗の文字。
押せない発信ボタン。
そう、俺は徒野に電話をかけようとしていた。
あいつは今確か実家に帰っていて、寮にはいない。
いつ帰ってくるか聞くだけだ、そう。別に今自分の気持ちを伝えるわけではない。
「…ヘタレか俺は」
動かない指にため息を一つ。
せっかく赤坂に背中を押してもらったというのに、俺のヘタレ指チャンは発信ボタンを押そうとはしてくれなかった。
だが諦めたくはない。
夏休みはもう終わってしまうし、これ以上先延ばしにしてしまえば、絶対に流れてしまう。
「アァァチクショウ!!どうすりゃ良いんだヨこのっ(ポチッ)………ア?」
何か嫌な音がして恐る恐る画面を見ると、徒野棗に発信中というディスプレイに切り替わっていた。
良いのか悪いのか、誤って発信ボタンを押してしまったらしい。
「うぉあ!ふっざけんなナニ勝手にかかって…!!」
『……―もしもし?』
「!!」
通話終了ボタンを押す前に、電話に応答してしまった徒野。
俺は携帯から発せられた声に思わず携帯を落としそうになるが、なんとか持ちこたえて、これまた恐る恐る耳を近づける。
『…もしもし?荒北どうしたの?』
「…っ」
心臓が、バカみてェに騒ぐ。
インハイ以来聞いていない徒野の声が、耳を揺らす。
あぁ、コイツの声だけでもこんなになるとか、恋する乙女か、俺。
「…ヨォ、徒野。元気ィ?」
『はは、うん、元気だよ。荒北は?もう寮帰ってるんでしょ?』
「オォ、実家いても妹共ウルセーだけだしな」
『えぇ、妹いいじゃん。
私も実家いてもつまらないから、明後日ぐらいに帰るつもりだよ』
「!…そ、そっかァ」
明後日、明後日。
その言葉だけがやけに頭に入ってきた。
今しかない、言うなら、誘うなら。
明後日しか、猶予はないんだ、2人でゆっくり話せる機会なんて。
いけ、頑張れ、動け荒北靖友
野獣と呼ばれた男の力を、ヘタレと呼ばせねェタメにも!!
「あ、ああ、あのよォ…徒野」
やべ、クソどもった。
しかし徒野はそれを知ってか知らずか、普通に『ん?なに?』と聞いてきた。
誘うだけだ、今は誘うだけ。
そう自分に言い聞かせ、俺は大きく息を吸って、
「……っ明後日!俺と会わねェ!!?」
部屋中に響くぐらいのでかい声が、出た。
やべェ、今の絶対うるさかっただろこいつ。
俺が心配するのを他所に、当の徒野は電話口でだんまりを決め込んでいた。
オイ、何か言えよ、恥ずかしいじゃねェか。
イエスか、ノーか!言えよ早く!!
『ふ、2人、で…?』
「…っお、オゥ」
やっと聞こえた徒野の声は、心なしか震えていた。
そのせいで、俺の声もか弱く、頼りなく、震える。
『わ、私、朝イチで帰るから!お昼にはきっと着くから!!』
「お、オゥ、待ってるヨ」
『か、必ずあけといてね!てか私も空けとくから!!それじゃ!!』
一気に捲くし立てられ、電話を切られた。
電話口でもわかる、アイツの震えた声、上ずった声。
それはどこか、俺に似ていて。
「………〜ッソ!!かわいすぎんだヨォ!!」
コレで淡い期待をもたねェ方が、おかしいじゃねェか。
俺は顔に熱が集まるのを感じながら、携帯をベットに向けてボスンと投げた。
********
「…はぁ…緊張した」
急にかかってきた荒北からの電話。
先ほどまで、荒北に電話をかけようかかけまいかでずっと悩んでいて、荒北靖友の発信画面までいったはいいが、ボタンが押せず、部屋でウロウロとさ迷っていた。
なのに、急に、ほんとに急に荒北から電話がかかってくるものだから、ビックリして携帯を落としそうになるのを何とか堪えて、応答。
震える声で話して、好きという気持ちが今は伝わらないように必死に隠して、大変だった。
「し、しかも、2人、とか…」
誘おうと思っていたのは私なのに。
なのにまさかの荒北からのお誘いに、私のテンションはマックスになってしまっていた。
絶対、声上ずってただろうなぁ。
でも、もうそんなこと、どうでもいい。
「会えるんだぁ、荒北に…」
やっと、話せる、しっかり。
すれ違って、傷つけて、傷ついて…遠回りしすぎた私達は、やっと同じ道に立てる。
それが友達への道でも、恋人の道でも、どちらでも同じ。
またイチから、歩いていくことになるだろう。
結果がどちらになっても、また荒北と同じ道を歩けることが、隣に立てることが、嬉しい。
「はやく明後日になれ、なれ…」
私は携帯を握り締めながら、
1人、部屋にポツリポツリと呟いた。
伝えよう、私の思いを。
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