one more time

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「…何よ、それ」



赤坂さんの怒りを含んだ瞳が、私を見る。
私は動かないまま、ただじっと、私も赤坂さんに目を向けたまま。


大会も終わって、ここはゴールとも救護室とも離れた道。
人も少なく、いってしまえば私達以外の人間はいなかった。



「好きって、靖友が?
あんなに友達友達言ってた、靖友のことを?」

「…ごめん、赤坂さん。
二人が付き合ってることも知ってるし、散々友人って言ってた癖して、勝手だって分かってる。

だけど、それでも私、もう誰にも、自分にも嘘つきたくないんだ。
過去に、ずっと縛られたままは嫌なんだ。」



やっと気付けたこの気持ちを
もう抑え付けて、無かったことになんてしたくないんだ。



「………はっ。
なに舐めたこと抜かしてんのよ」

「っぅわ!」



低く発せられた声と共に、私は肩を思い切りグイっと掴まれ、近くのコンクリート壁に押し付けられた。



「自分勝手すぎるのが分からないの!?
あんた、靖友のこと振ったじゃない!友達だって!そう言って振ったじゃない!!
好きだなんて、そんなの今更よ!」

「…っ」

「ねぇ、靖友がどれだけあんたの言動に傷ついていたか分かる?一喜一憂してたかわかる?
そしてそのあんたの身勝手さが、どれだけ靖友を苦しめてたか、どれだけたくさんの人を傷つけてたか、あんた分かってんの!?」



赤坂さんの気迫と、反論なんて出来ないその正論に、私は圧される。

わかってた、自分が身勝手なことなんて。
自分がどれだけずるい人間で、どれだけ弱くて、どれだけ人を傷つけたか。

荒北の好意に目をそむけ、友人のままがいいなんて自分の気持ち押し付けて、その友人という関係で彼を離そうとしなかったのなんて。


今なんて、もっと最低だ。
荒北の彼女に、赤坂さんに、自分は荒北が好きだなんて、伝えて。



「私にはわかる。ずっと見てたから
ずっと靖友しか見てこなかった。

…もし、あなたもそれが分かるっていうなら、もう靖友に近寄らないで。
彼は私と付き合ったの。あんたじゃなくて、私を選んだの。」

「…。」

「それじゃあ、私は靖友のところに行くから。」



壁に押さえ付けていた私の肩から手を離し、赤坂さんは私から離れる。


が、私は去ろうとした赤坂さんの腕を掴んだ。



「なに?」

「…分かってる、意味も、全部。
私が、自分の身勝手な理由で、過去で、たくさんの人を傷つけたの、分かってる。
荒北が赤坂さんと付き合ったのも、わかってる」

「そう、わかってるなら、もう良いじゃない。はやく、この手を離し―」
「でも!!」



私は、勝手な人間だ。
だから、勝手な人間だから、私はやっと歩き出したこの足を、止めたくない。



「それでも!私は荒北が好きだ!!
私を変えてくれた荒北を、私を必要としてくれた荒北をっ…私に、もう一度恋を教えてくれた荒北を!!

私は誰にも…赤坂さん!あなたにも負けないぐらい荒北大好きです!!」



赤坂さんの瞳が、これでもかというほど見開かれる。
私は、久々に荒げた声に呼吸が追いつかず、肩で息をする。

それでもまだ、私の口は止まらない。
唇は、また音を発しようと動く。



「荒北に、私を選んでもらわなくたっていい!赤坂さんと付き合ってても、私のことが嫌いでも、そうでも私は構わない!

誰を好きでも、私が荒北を好きなことは変わりない!荒北が私にとって、特別で、大切な人に変わりは無い!!」



選んでもらう気なんて、本当は最初からさらさら無かった。
ただ、私は自分の気持ちが気付けただけで、よかった。



「…じゃあ、何でわざわざそれを私に言うわけ。
普通そんなこと言う女は、略奪しようと企んで、彼女に宣戦布告してくる奴よ」

「……え、と…。
一応、報告した方がいいのかなって…




…あれ、そう、いえば…なんでいったんだろう…」



私が頭に疑問符を浮かべながらそう答えると、赤坂さんは「はぁ!?」とキレた。
確かに、なんで私はこの話を赤坂さんにしたのだろう。
自分でもよく分からないが、でも言わなきゃって思って、それで…。

あ、確かにこの発言じゃ、本当に略奪しようとしてるみたいじゃないか…。
うわ、性格わっる。



「はぁ…あなた、本当に変わってる。」

「はは…よく言われる。
ごめんね、変なこと言って…なんか、ちょっと自分でもよく分からないや…。
引き止めてごめんね、荒北ならベットで寝てたから、早くテントに―」

「でも、真っ直ぐね」





私の耳に飛び込んできた、思いがけないその言葉。
聞き返す前に、赤坂さんがさっきの怖い顔ではなく、優しく、でも儚い笑顔で私を見る。

先ほどの怖いぐらいの気迫は、もうなくなっていた。



「バカみたいに素直で、真っ直ぐで、突っ走り屋で…。
ただのウジウジ優柔不断な人だと思ってたけど、ちょっと舐めてたわ」

「ん、それって喜んでいいのかな…」

「…靖友が―――荒北くんが、あなたを好きな理由、なんとなく、わかる気がする」

「―え?」



いま、なんて―?



「私ね、荒北くんを好きになったの、アレなの。
徒野さんのことが好きな荒北くんを見てたら、謙虚だなぁって、頑張れってなんか応援したくなって、そしたら、いつの間にか好きになってたの」

「え、え?」

「どう考えても2人は両思いっぽかったし、諦められると思ってたのに、徒野さんが荒北振っちゃうとか、噂で聞いたし」

「え!?うわさ!?」



待って、色々つっこみどころはあるが、待って。
あ、あの現場誰かに見られてたってこと?!
それは死ねる…



「荒北くんに聞いても、友人の一点張りだし、なんかそしたら、諦めようと思ってた自分がバカみたいに思えて、腹立っちゃってね。
だから、仕掛けたの」

「は、はぁ…」

「…徒野さん、荒北くんが好きなのは私じゃないよ」

「!」



その言葉に、耳を疑う。
え、好きじゃない?でも、だって2人は付き合っているはずだ。

好きじゃないなんて、どういうことだ。



「私達はお互いが好き同士で付き合ったんじゃないの。
……私が脅して、荒北くんに無理矢理付き合わせたの」

「え…!?」

「謝るのは、私の方なの
勝手なことばかり、偉そうなことばかり言ってごめんなさい」



赤坂さんは、そう言って私に頭を下げてきた。
たくさんの暴露話に私は頭が着いていけずパニック状態だったが、もう先ほどの気迫はとりあえず赤坂さんには頭を上げてもらった。



「脅しって、え?どういう…」

「…それは、荒北くん本人から聞いて。
私が言えるのは、ここまで」

「…どうして、私に、それを言ったの?」

「…あなたの、その素直な荒北くんへの思いの話しを聞いたら、なんだか自分がまたバカらしく思えてきちゃって。」


はははと笑う赤坂さん。
その顔は、少し悲しそうだった。



「恋は盲目って、怖いわね。
最初はただ、好きな人に、荒北くんに幸せになってもらいたかっただけだったのに。
気付いたら、こんな行動して、本当にバカだった。」



選んでもらえるわけ、なかったのに。
赤坂さんはポツリとそういって、なぁーんてね、と笑ってみせた。




「恋は、盲目…」

「それは、私だけじゃない。誰だって恋したらそうなっちゃうのよ。
不安で、辛くて、苦しくて、自分じゃ有り得ない行動をとってしまうものよ。

徒野さん、あなたの彼氏だった人もそう。」

「!?」



赤坂さんの口から出ると思わなかったその人物に、私は体を強張らせた。
そっか、彼女は全部知ってしまっているんだった。



「彼ね、あなたと別れてから目が覚めて、本当に取り返しのつかない、申し訳ないことをしたって、酷く後悔してたそうよ」

「……うそ、」



その話が、どうしても私には信じられなかった。
だって、あいつは言った。つまらなかったって、飽きたって。

そんな奴が、後悔なんかするわけない。



「あなたに嫌われるために、嘘をついて別れたのが、あなたをこれ以上傷付けない最善の方法だったらしいって、知ってた?」

「……なん、で…」



どうして、なんで。
知らなかった、だってずっと、私は嫌われてると、物のように使われていると思っていたのに。

どうして、



「だから、徒野さん。もう過去に縛られることなんてないのよ。
あなたが好きになっても、もう誰もあなたを傷付けない」

「……」

「…なんて、勝手に過去を詮索してしまった私が言うことじゃないわね。
ごめんなさい。」

「……や、それは、大丈夫。
それに、そのことを教えてもらえてなかったら、きっと心残りはあったから…」



心のどこかで残っていた柵が、とれる。
その話をきいて、わたしの心が軽くなったのは、確かだった。



「徒野さん、今の話をきいて、彼とヨリを戻したいと思った?
もしその事実を知っていたら、今も付き合っていたかったと思った?」



確かに、彼のことは大好きだった。
でも、別れていなかったら、私はきっと荒北を好きになっていなかっただろう。

こんな素敵な気持ちを、知れなかっただろう。



「ううん。今の私がいて、今の気持ちがあって、私はそれで十分。
私は、荒北が好きで、それで満足。」



私が彼女の目を見てハッキリそう言うと、彼女は笑って、「そっか」と呟いた。



「今までたくさんひどいことして、ごめんなさい」

「……や、それは、私もだから」

「もう、きっと大丈夫よね、あなたなら。
……頑張ってね」



赤坂さんはそれだけ言うと、私の横を通りすぎて、テントに向かっていった。


気持ちは、言えた。
赤坂さんにも、きっと伝わった。
傷付けてしまった彼女の心を、私はちゃんと修復できたのだろうか。

でも、彼女の笑顔は、すごく綺麗だった。



私は彼女の背中を暫く眺めてから、友人たちの待つ場所へと歩きだした。






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