one more time

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レースは、終わった。


総合優勝は、総北高校だった。




一位を取った子は、一年生だったらしい。
最初聞いたときは、箱学が負けてしまったことに鈍器で頭を打たれたような衝撃を受けたが、でもそれと同時に、そのゴールした一年生の子のことを素直に尊敬したし、すごいと思ったし、感動した。


私は、悔しさからか、感動からか
わからない涙が、ほろほろと流れた。




最後に見た荒北の顔を、思い出す。



最初荒北が通り過ぎたとき、すごい走りだと思ったと同時に、どこか違和感を感じた。


まだゴールも近くないのに、チームを全速力で引いていることに。
まるで、最後の力を振り絞っているかのように。


あぁ、まさか、荒北、あんたは―
そう思った私のその予感は、的中した。



みるみるうちに失速していく荒北に、私は思わず声を上げてしまった。
赤坂さんにバレるかもしれないなんて、もうどうでも良かった。


なぜ、一日目から応援に行かなかったんだろう。
生で観るレースは、皆は、荒北は、
こんなにも素晴らしいレースをしていたというのに。
こんなにも、一生懸命だったというのに。




そして、そんな気持ちの私の声にこたえるように顔を上げた荒北の顔は、


すごく、綺麗な顔をしていた。






















「棗」



あれから私はゴール地点のところにいた。
すると声をかけられ、顔を上げるとそこには友人達が立っていた。

彼女の顔は、少し怒っていた。
多分、私が何も連絡していなかったからだろう。



「体、もう大丈夫なの?」

「メールぐらいよこしなさいよ…心配した」

「あ、ごめん…見てなかった…」



携帯を開くと、メールがきていたことに気づく。
焦ってここまできたから、気づかなかった。



「レース、観れてよかったね」

「うん、ほんとに…」

「皆も、荒北くんも、かっこよかったね」

「うん、本当に、かっこよかった。
みんな、荒北も、ほ、んとに―――」




言葉をつなぐ前に、ひいたはずの涙がまたボロボロとこぼれる。
友人達はあーあーといって、笑いながら私の頬を拭う。

友人にもらったハンカチを受け取り、涙を拭いて、鼻を拭く。
鼻水つけるなと怒られた。



すると1人が、「あ!」と声を上げる。
泣きつつも声を上げた方を見ると、そこにいたのは東堂くんと新開くんだった。


ギュンと、体が固まる。
私に目を合わせない彼等のその顔は、暗い。



「東堂、くん…新開くん…」

「「お疲れ様」」

「ありがとう、二人とも。
ところで、少し徒野さんを借りてもいいか?」

「え、あ、私達は平気だけど…棗は?」

「あ、うん。平気」



涙を拭い、友人達と離れて「着いてきてきてくれ」といった東堂君たちの後についていく。

いつもはあんなお喋りの彼も、静かだ。
すると、「徒野さん。」と東堂くんが静かに私の名前を呼ぶ。



「せっかく観に来てくれたのに、勝てなくてすまなかった」

「え、な、なんで謝るの」

「俺もすまねぇ、徒野さん。
あの表彰台に立っているところ、見せたかったよ」



東堂くんが私に謝ってきた後、新開くんも表彰台を指さし、そう言った。
私は、その言葉に胸が酷く締め付けられた。

なんで、なんで謝るの。
あなたたちは、謝るようなマネなんてしていない。



「…2人は、箱学は…最後まで、精一杯、走りぬいてた。
そんな人たちが、謝っちゃだめだよ。」



私は、涙を堪えて、二人に伝える。
二人は、泣きそうな顔をしていた。



「徒野さんは、もう泣かないのか」

「だって、本当に頑張っていた人の前で私が泣くのは、違うじゃない。」



私がそういうと、そっかと言って2人は笑って、その頬に一筋の涙を流した。




「顔、上げて。
お疲れ様、2人とも」




























*************




あの後2人に連れてこられたのは、1つのテントだった。
応急救護用と張り紙が張られた、テント。


2人は私を連れていった後、もうレースも終わっているし大丈夫だろう。と言って、私に中に入るように促した。


係りの人に言ってから、中に入る。
アルコールの臭いが、鼻を掠める。


ゆっくり歩いて、1つのベットに近づく。




「荒北…」



ベットに横たわるのは、荒北だった。
頭を切ったのか、包帯で少し巻かれている。



「……お疲れ様」



眠る荒北の手を、握る。


この手が、あのハンドルを握り、この足があのペダルを踏んで、そして、全身で自転車を漕いでいた彼。


ねぇ、荒北。



あなたはやっぱり、最高にかっこいいよ





「……―徒野」

「っ!荒北!!」



声が聞こえ、顔を見ると、荒北がうっすらと目を開けていた。
私に気付いて、そしてすこしだけ笑うと、私の頭をなでる。

その手の力は、いつもからは想像できないほど、弱くて、儚くて。

それだけで私の胸は、締め付けられて。



「徒野…来ンの、遅ェヨ」

「ごめんね、ごめん荒北。」

「いや、違ェ……――勝てなくて、悪ィ」



その言葉に、私は首をブンブンと振る。
ギュッと、彼の手を握り締める。



「私は、レースをやっていないからわからないけど、でも、一生懸命みんなが走っていた事ぐらいはわかるよ。王者の座を手にするために走ってたのは、わかるよ。

自分の体がボロボロになるまで走った荒北が、謝る必要なんてないよ…!」



また涙が出そうになる。声が震える。
荒北は、そっかァと言って、笑う。


少しの沈黙の後「……俺サ」と、消え入りそうな声で荒北は口を開いた。



「リタイアする前、走馬灯みてェに記憶、でてきた」

「うん」

「俺、中学ン時…野球やってたんだ。
だけど、肘壊しちまって、出来なくなって、腐って、そんで野球のねェ箱学に来たんだ」

「……。」

「荒れて、荒れて、もう学校辞めちまうかと思っててヨ…。
そン時に、福チャンに会ったんだ。」




荒北はそれから、寿一くんに会ってロードレースとめぐり合った事、もう出来ることはないと思っていたチームメイトが出来たこと、改心できたこと、今までのことをぽつりぽつりと話してくれた。



「俺、変われたンだ。この3年間で。」

「うん、変わったね、荒北」

「だからヨ、徒野。
俺に出来たンだから、お前にも出来る」

「え…?」



その言葉に、私の胸がざわつく。
荒北は、言葉を続ける。



「お前が人を好きになれねェ理由、わかんねェけど、でもそっから、進めたんだろ?」

「っ…」



あぁ、知ってしまったのか、彼は。
理由は知らなくても、私がなぜ荒北への恋心を認められなかったか、知ってしまったのか。



「……―うん、私、皆のおかげで進めたの。
ちゃんと、人を好きになれたよ」

「…やれば、出来るじゃナァイ」

「うん、でも、私まだ頑張らなきゃいけないことあるの」



荒北、あなたが頑張ったように、私はまだ歩む事をやめられない。
もっともっと、歩かなければならない道がある。



「俺も、がんばらねェといけねェこと、ある。
…多分、大事なやつ、傷つけちまうけど」

「ふふ、……私も、同じだよ」



2人で笑う。
きっと、私達また傷つけてしまうけど、でも。


でももう、もう大丈夫だよね。














私はそれから荒北に別れを告げ、テントを出て友人達の元へと戻る。


とぼとぼと1人歩いていたが、途中の道で、こちらに向けられた1つの視線に気がつく。

誰の視線か、想像はついた。



「―赤坂さん…」



予想は、的中。
私の方をジッと睨みつけていたのは、赤坂さんだった。



「なんで、ここにいるの。
しかも、なんで靖友のテントに」

「…応援したくて、ここに来た」

「…っあなた、この前私が言ったこと忘れたの!?
ここに来たら、靖友に全部…」

「いいよ、話して」



私がそういうと、赤坂さんはグッと引く。
覚悟を決めた私の口からは、スラスラと言葉がでてくる。



「私はもう、全部を話す。隠し事なんて、もううんざりだ。
確かに私は人を好きになれなかった、傷を負った、止まった、あいつのせいで。

だけど―」



体も、心も傷だらけになった過去。
もう誰も好きにならないと誓った過去。
皆、きっと一緒だと、いつかは裏切られると。


でも、違う。
あいつは、ちがう。












「もう、前を向く。
私は、荒北が好きだ」























*

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