one more time
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二日目。
またも友人に風邪を引いたと嘘をつき、今日も私は寮で1人テレビを見ていた。
今日は昨日あまり目立った動きを見せていなかった、新開くんが出た。
相手は、昨日ゴール手前で急に現れた 京都伏見の子。
番組終了後のテロップで見たが、まさか一年生だとは。
新開くんは最初、悠々と彼を追い上げていた。さすがは箱根の最速、エーススプリンター。
勝負はこのまま新開くんの勝ちかと思われたが、京都伏見の子が新開くんに近づいた瞬間に何かを歌い始め、すると彼はなぜか固まってしまった。
そして何故か2人で右側をつめて走る。京都伏見の子は明らかに左を空けているのに、新開くんはそこを抜こうとしない。何故だ。
そのままの距離のまま、スプリントラインに近付く。もう、だめなのか?そう思ったときだった。
新開くんの雰囲気が、画面ごしでも分かるように、変わった。
その姿は、あの飄々とした新開くんとはかけ離れていて、一瞬画面に映ったその顔、まさしく鬼だった。
しかし京都伏見の子も負けない。
お互い一歩も譲らないまま、走る。
そして、リザルトを獲得したのは、
京都伏見の子だった。
そこから試合は急展開、二日目山岳リザルトを取ったのは、またも京都伏見の子。
会場は、京都伏見に沸きだつ。
しかしそれでも、彼等は強かった。
寿一くんと総北の金城くんが、彼を抑える。
そのまま、走る、早い、みるみるとゴールに近づく。
二日目、ゴールを勝ち取ったのは、寿一くんだった。
「やったあああ!!」
「徒野さん、うるさい」
「あ…すみません」
思わず叫んでしまった私に、寮母さんが一喝。
それでも私の興奮は収まらず、胸がバクバクと高鳴っていた。
きっと、勝てる、彼等なら。
明日が、最終日。
全てが、決まる。
「………観に、行きたい。」
********
夜―
友人達からのメール、添付された画像を見ながら、私は先ほどの余韻に浸っていた。
自分のことのように、勝つ事が嬉しい。
私、こんなにもロードレースにはまっていたかなぁ。
鼻歌交じりで画像を眺める。
すると、携帯が揺れた。
東堂くんからだった。
え。と思いつつも、通話ボタンを押す。
どうしたんだろう。
「え……と、もしもし?」
『やぁ徒野さん!調子はどうだね?もう体調の方は万全か?』
「あ、う、うん。ちょっと良くなった」
『そうか、なら良かった。
…レースのほうは、観てもらえなくて残念だ』
「あ!て、テレビで見てた!一日目も二日目も!!
も、本当にすごくて…なんであんな速いの!リザルトまで一気に走るし、追いつかないし、それにっ…」
『わっはっは、徒野さん、落ち着け』
「あ、ごめん…」
興奮に負け、思わずマシンガントークを炸裂してしまった。
東堂くんは「そうか、観てくれていたのなら良かった」と話す。
「お疲れ様、本当に。
山岳リザルト、すごかったよ!!」
『ああ、ありがとう徒野さん!そうそう、明日はぜひ―――ッオイ!こら隼人!!』
『もしもし、徒野さん?』
「あっ新開くん!!」
次に電話に出てきたのは、新開くんだった。
後ろで携帯を取られた東堂くんが、わーわーと叫んでいる。
『体は大丈夫か?』
「あ、うん大丈夫…」
『そっか、よかった』
東堂くんも新開くんも心配してくれているが、これが嘘とはいえない。
私は元気で、レースだって本当は観にいけるのに。
『レース、見てくれてありがとうな』
「いえいえ。
新開くん、別人みたいに走るから、すごいびっくりした」
『はは、怖かったか?』
「全然。鬼みたいだなって思ったけど、必死に走ってる新開くん、速くてすごいと思ったし、感動したし、あとカッコよかったよ!」
『え、あ、はは…そうか…。嬉しいなぁ』
『オイ隼人!なに顔を赤らめている!!』
『うるせぇよ尽八』
二人の会話が面白くて、ふふと笑う。
新開くんがじゃあ寿一に代わるな。そう言って携帯を寿一くんに回したようだ。
もしもし。と低い声が聞こえる。
「寿一くん、お疲れ様。
今日のゴール、すごかった!!」
『あぁ、ありがとう。観てくれていたそうだな、レース』
「うん、直接応援には行けなくて、ごめんね」
『良い。体調を崩していたのなら、仕方ないさ』
「……うん」
寿一くん、あなたのレースも、本当に生で見たかったよ。
でも私は強くないから、いけなかった。
あなたのように、私も強かったらな。
『福!こいつにも代わってやってくれ!』
『ほら早く来いよ、徒野さんが待ってるだろ』
『いいぞ、ほら』
「?」
電話越しに、なにやら皆がガヤガヤとしているのが聞こえる。
なんだ、次は誰だろう。また東堂くん?そう思っている私に、次の電話の主が「あー…」と声を出した。
その声に、私は固まる。
この声は……
「あら、きた…」
『……ヨォ』
電話に出てきたのは、荒北だった。
私の心臓は、一気に早まる。
緊張の中、声を振り絞る。
あ…と声を出したが、裏返った。
「お、お疲れ!一日目、すごかったね」
『アァ?あンなのヨユーだわ』
「とかいって、最後焦ってたくせに」
『ッセ』
後ろで皆が笑っているのが分かる。
すると、荒北は東堂くんに「携帯借りる」と言ってガタンと扉の閉める音が聞こえた。
外にでも出たのだろうか。
すると、あのさァと言葉をつなぐ荒北。
私は、なに?と答える。
『おめェ、レースなんで来ねェンだヨ』
「!あ、うん…体、こわして」
『それ、本当かヨ。
俺の知ってる徒野チャンは、体壊しても観てェモンは観に来るヤツだけどなァ』
「!」
私は携帯を持つ手に、力をこめる。
まさか、ここに触れてくるとは。
さすが勘が鋭いだけはある。
『赤坂に、なんか言われたか?』
またも図星の言葉に、私はビクリと肩を跳ね上げる。
まずい、ばれている。
私は隠そうと必死に声を出すが、うまく言葉がでない。
それを肯定とみなしたのか、荒北はハァとため息をつく。
『あの野郎…』
「ち、違う!そんな事ないから…」
『なんで隠すわけェ』
「隠してなんか、ない…」
嘘。本当は色々なこと隠してる。
歩く事ができたのに、まだ私は後ろから引っ張られている。
完璧に前に踏み出すことが、出来ない。
『明日、観に来いヨ』
「…まだ、体が」
『明日、最後なんだ』
荒北の真剣な声が、耳を揺らす。
虫の鳴く声が、沈黙した私の部屋に響く。
『明日は三日目で、リタイアするヤツだって増える。
箱学だって、リタイアしちまうヤツが出ると思う。』
「そんな…」
『俺ァ応援とか、ガンバレとか、まじで嫌いだしウゼェと思ってる。
だけど、お前は違う。お前がいれば、俺は…』
箱学を、チームを
自分の全てを使ってでもゴールに導ける。
そう言った荒北の声は、本気だった。
「…それは、私の役目じゃない。
それは、赤坂さんの…」
『俺が観てもらいてェのは、徒野以外にいねェヨ!!』
「…っ!!」
その言葉に、心臓がバクンと高鳴る。
なんで、そんなこと言うの。
荒北にはもう、彼女がいるじゃん。
かわいくて、小さくて
私とは全然違う、赤坂さんが。
『お前ェがナニ隠してるのかしんねェけど、俺はテメェ以外の応援なんていらねェ』
「荒北…」
『徒野、レースが終わったら、俺の話、聞いてくれ。
話さなきゃいけねェこと、沢山ある』
「………うん」
私だって、あるよ。
でも、もしこの話をしてしまったら、
荒北は私のこと、好きじゃなくなるかもしれないよ。
じゃあな。そう短く告げられ、電話がぷつりと切れられた。
私はプープーとなる音を聞きながら、目をつぶる。
私は、明日―…。
*