one more time

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「……え?」




私は自分の耳を疑った。
友人たちの言葉が、うまく理解できない。


いま、なんていった?



「棗…ショックを受けるの無理もないと思うけど、本当らしい」

「本人が言ってるから、嘘じゃないみたいだし……」





朝、学校に着くやいなや友人達に廊下に連れ出された。


なんだなんだと問う前に、落ち着いて聞いてほしいと言われ、その衝撃の内容を口にする。


荒北と赤坂さんが、付き合ったということ。



「まっ、て……なんで?いつから?」

「先週ぐらい、かな…」

「わ、わたしなにも…何も聞いてない!」

「そりゃ言えないよ…棗には特に……」



友人たちは辛そうな顔をする。
私はただ、立ち尽くすことしかできなかった。


予鈴が鳴り、廊下にいるわけにもいかないので、重たい足を引きずりながら教室にはいる。

すると、その付き合った情報を今日知らされた者が多かったのか、前の私がされたように、荒北と赤坂さんがクラスメイト達に囲まれていた。

荒北の顔は見えないが、赤坂さんは頬を染めている。



「徒野さん」

「…東堂、くん」



気付けば私達の横には、東堂くんがいた。
その顔は、真剣そのもの。



「知ってしまったかね」

「…うん、今日二人から聞いて……」

「ねぇ東堂くん、どういうことなの。
なんで荒北くんは赤坂さんと付き合ってるの?」

「棗のこと、好きじゃなかったの?」

「……ちがうんだ、それは」



友人たちが東堂くんに詰め寄る。
ただ東堂くんは何かを隠しているような、そんな顔をしたままぼそぼそと話していた。

すると、赤坂さんの高い声が教室に響く。


「皆ありがとう!靖友と私は、先週からお付き合いさせてもらってます!
応援よろしくね」


にっこりと微笑んで、そう言った。


女生徒からは祝福の声、男生徒からは荒北羨ましいなどの声。


そうだ、友人に彼女ができたんだ。
祝福しないといけないんだ。


わかっているのに、頭ではそうわかっているのに、私は何も、言葉をかけることができなかった。



「棗……」

「……ごめん、ちょっと保健室」

「徒野さん!」

「「棗!」」



みんなの制止も聞かず、私は教室から飛び出した。













********




「はっ……はぁ……っ」



バカみたいに全速力で走るの、あの日以来だなぁ。
そう酸欠になりそうな頭の片隅で思い出す。


私が辿り着いたのは、黒猫のところだった。


黒猫は、いない。
誰もいない。

私だけだった。



「…………っ」



涙が、溢れる。
なぜ泣いているのか、わからない。


ただ胸が張り裂けそうで、心に大きな穴が空いたように、虚しくて、苦しくて、辛くて


涙が、止まらなかった。



「……っく……ぅ……」



なんで、荒北は赤坂さんと?

ずっと好きだったの?
やっぱり、かわいいからかなぁ

荒北、前にかわいいこ好きっていってたもんね。



じゃあ、わたしは?


わたしに告白したのは、何だったの?



なんで、キスしたの?



「…………徒野さん?」

「!!……新開、くん」

「!?どうしたんだ!?」



現れたのは、新開くんだった。
寝癖がひょこりとついている。寝坊でもしたのかな。

新開くんはというと、私が号泣していることに驚いており、オロオロとしている。



「ごめ、ちょっと……」

「ちょっとじゃないだろ。どうしたんだよ、話なら聞くぜ?」

「……っ」



とりあえず座ろうと言ってくれた新開くんに、私は素直に頷く。
荒くなった息をゆっくりと落ち着かせていく。


ゆっくりでいいから。そう言ってくれた新開くんの言葉に甘え、私はぽつりぽつりと話始めた。









「…そうか、靖友がなぁ。
俺も今初めて聞いた」

「新開くんでも知らなかったんだ…なんであいつ誰にも言わなかったんだろう」

「靖友の性格からして大っぴらにする奴じゃないからな。
だけど、理由はそれだけじゃないと思うぜ」

「そうなのかなぁ…」



私にいえないっていうのはなんとなく分かったけど、周りにも言わないって、なんだろう。

だって、私はともかく、他の人は、付き合うってことを幸せと感じるもののはずなのに。




「ところで徒野さんはさ、靖友が付き合ってるって聞いて、なんで泣いてたんだ?」

「…っそ、れは」

「靖友が、好きだからか?」

「………わからない」



新開くんのまっすぐな目と、まっすぐな質問が、私の胸を貫く。
その質問に、前なら否定できただろう。
でも今回は、否定はできなかった。



本当は、私はこの気持ちの名前を知っている。
もう分かっているはずなんだ、自分でも。


だけど、この気持ちを認知するには、遅すぎた。


私は、もうこれを捨てなければならない。




「なら、俺にそれをくれないか?」

「え…?」




新開くんはそう言うと、私の頬に手を添えた。
新開くんとの距離が、一気に縮まる。

わけがわからず、言葉の意味を理解できず、ただ私はジッと新開くんを見る。


厚い唇から発せたれた、音。




「俺、徒野さんのことが好きなんだ。」

「……え…?」

「俺と、付き合わないか?」




新開くんの言葉に、私は理解が少し遅れた。



好き……スキ?



スキって、え?誰が?


新開くんが、私を―?




「おめさんと靖友、どっちも大事だから、迷ってた。
だけど、靖友にはもう彼女が出来た。」

「っ」

「徒野さん、いや―棗。
俺は、おめさんしか見ない自信あるぜ」





新開くんは最後にそういうと、ゆっくりと顔を近づけてくる。
私は、動けない。





付き合う、私と、新開くんが。


私、新開くんのこと、好きなの?


付き合って、幸せになれるのかな



もう、いいかなぁ…


疲れたから、もう…





















「ンなとこでへばってんじゃねェヨ、徒野」






もっていかれそうな意識の中に浮かんできたのは、あいつの声。








だめだ、違う、私は―









「ごめんなさい」




私の言葉から飛び出たのは、はっきりとした拒絶の言葉。


新開くんの動きが、止まる。



「私、好きな人が…いるの。」




かなえて上げられなかった、認めてあげられなかったこの気持ち。


私が過去を、あいつのことを引きずってばっかいたから、私は自分に嘘をつきすぎた。


あいつを、荒北を、傷つけすぎた。




「……やっと認めたな」



新開くんはそう言うと、私の頭をガシガシとなでた。


え?どういうこと?
私はその意味を理解できずに、ただ頭の上に疑問符を浮かべた。



「おめさんが認めないままでいるから、はめさせてもらったぜ。」

「なっ…じゃ、じゃあ全部…」

「あぁ、冗談だ!」



いつもの笑顔で、親指をグッと立てる新開くん。
今日ほどこの親指を折りたいと思った事はない。


は、はめられた…!しかもめっちゃ本気でヘンジしちゃったよ!!


私の顔はきっと今、火が出そうなぐらい真っ赤だろう。



「徒野さん、あいつは確かに彼女出来ちまったけど、きっと何か原因があると思うんだ。
あいつが徒野さんのこと、今も好きなはずだ」

「いや、それはどうかな…」

「諦めんなよ、徒野さん」

「……うん、ありがとう」



新開くんにお礼をいうと、新開くんは笑顔で頷いてくれた。


本当にいい人だな、新開くん。
はやく好きな人と、結ばれてほしいな。



「徒野さん、授業出れそうか?」

「…うん、もう逃げるのはやめるよ」

「そう、その意気だ。
それじゃあ、教室戻ろう」

「うん!」



私は新開くんの後を追って、
そこを後にした。












「俺は冗談でも、おめさんに言えてよかったよ」

「え?なんかいった?」

「いや、なんでもない」



















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