one more time

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昨日の練習は、不調だった。
福チャンにも心配をかけちまった。


それに、新開の顔を見るたびイラついちまって、八つ当たりをしてしまう。


何をきっかけにかわからねェが、急に仲良くなり、教室に仲良さげに入って来やがった二人。

わかってる、これは嫉妬だ。



最近の俺は、ダメだ。
インターハイも近ぇのに、何考えてンだ。



静まり返り、黒板を打つチョークの音だけが教室に響く。
せわしなくノートを書く者もいれば、携帯をいじったり、内職をしたり、寝ている者もいた。
俺は珍しく、寝ることもなく起きていた。


教師の呪文のように流れる言葉は右から左。
ただボーっと、おきていた。



後ろの席は、教室を一望できるスポットだ。
ふと周りを見やる。

俺の視線は、あるところで止まる。
窓際の一番前に座る徒野のところ。


あいつも珍しく起きていて、しかもコレまた珍しくノートをせわしなく書いている。授業を真面目に聞いているらしい。
明日は……槍振るなァ。

その横にいる東堂もノートを真面目に書いているが、たまにちらりと徒野を見る。
なんだヨテメェ、見てんじゃねーヨ。教師でも見てろ。



自分ではない誰かで埋まってしまったあいつの隣を見るのが、こんなに複雑だとはねェ。




「ねぇ、荒北くん」

「アァ?」



隣から小せェ声で呼びかけられ、意識が引き戻される。
赤坂の方を見ると、小さな包まれた紙をこちらに差し出していた。素直にそれを受け取る。
なんだコレ。


中を開くと、綺麗な文字。
"徒野さんと付き合ってるの?"と書かれていた。


アーハイハイ。昨日の延長戦ネ。
俺はお世辞にも綺麗といえない字で、そいつの下に書く。


"付き合ってねェヨ"


するとすぐまた横から手紙がきた。
メンドクセェ…そう思いつつも手紙を開く。


"徒野さん彼女なのかと思った。良かった!!"


何が良かったんだヨ!こっちは柄にもなく、あいつの発言に傷ついたんだっつーの!!


何も知らねェ女にキレそうになるが、堪える。
今話題になっているヤツを見ると、東堂と楽しそうに話していた。


あぁ、クソ。
ウゼェ。


俺が紙をグシャリと握り締めると、新しい紙がまた周ってきた。



"徒野さんのこと、好き?"




今、ナイーブな時期なんだから、ヤメロヨ。





"好きじゃねェ。ダチ"





俺は、ウソをついた。





























放課後。
珍しく一斉委員会があった。


しかし私の委員会は活動方針とかの話合いですぐ解散になってしまったので、まだ部活まで時間があるからという理由で、3年間委員会が一緒だった福富寿一くんとこれまた久々に世間話をしていた。



寿一くんは自転車部の主将。
私ほんとに、自転車部の人と仲良くなったよなぁ。
寿一くんとは前からだけど。


寿一くんは真面目でクールで、話しづらいって言ってる人もいるが、私は自転車部で一番マイナスイオンを発していて癒されるのは寿一くんだと思う。



「そっかぁ、今インターハイに向けて大変なんだね」

「あぁ。今年ももちろん優勝するつもりだ」

「うん、箱学ならきっと優勝だね。」



彼も自転車バカというか、本当に自転車が好きなんだなと伝わる。
インターハイかぁ…今年で私達の代は引退だし、観に行きたいなぁ。



「皆の調子はどう?良い?」

「そうだな、いつもと変わらん。
だが…1人調子の悪いヤツがいるな」

「え?誰?」

「荒北だ」

「!!」




私はその名前に、体がギュッとなった。
荒北?なんで?



「判断が遅い、といった方がいいか。
いつもはすぐ臭いを嗅ぎ分けることが出来るんだが、最近それがどうも不調らしくてな。
それに、練習中も考え事をしていることが増えた。」

「……。」



考え事。
それは、私のことなんだろうか。はたまた別のことか。


だけど、もし私だったら、どうしよう。



「棗、どうした」

「え…え?」

「顔色が悪いぞ」

「え、うそ…」



もし、荒北がインターハイで自分の力を発揮できなかったらどうしよう。

いやそれより、考え事ばっかしてるって…
もし不注意で、ケガをしてしまったらどうしよう。



「あ、あのさ寿一くん」

「なんだ?」

「こ、これ…荒北に渡して!」



私は先ほど購買で買った、まだ蓋も開けてないベプシを寿一くんに渡した。



「寿一くん、荒北は本当はもっと強いよ、きっと。
今は多分…色々あったから、不調で、でもきっとすぐ良くなるから…!」

「…あぁ、わかっているさ」

「あいつのこと、よろしくね」



寿一くんはあぁと力強く頷く。



放送で、委員会終了時刻が知らされたと共に、部活を始めていいとのアナウンスが流れた。


寿一くんは鞄と、ベプシを持って教室を出た。




荒北、大丈夫かなぁ…

























*********





委員会が終わり、部室。

箱学のジャージに着替え、今日も部活が始まる。



最近、荒北の調子が悪い事を、俺は少し気にしていた。
原因も、知っている。


徒野さんだ。



先日の騒動があった日は、徒野さんの一言が結構キタそうで、その日の練習は死んだような顔をしていた。

しかも、新開にもきつくあたっていた。
きっと、新開と徒野さんが仲がよさそうにしていたからだろう。



確かにあいつが徒野さんに惚れるのは、分かる気がする。
話しやすいし、美人だし、なにより笑顔が素晴らしい。



しかし荒北よ、このままではお前、どうするのだ。
練習に支障をきたしては、ならんよ。



俺がどうしたものかと考えていると、部室の扉が開かれた。
福だ。


挨拶をする部員達に福も挨拶を返す、が、福が一番に歩み寄ったのは荒北だった。



「ン、ナァニ福チャン」

「荒北、差し入れだ」

「アァ?……ベプシ?」

「徒野棗からだ」

「!!」



福が渡したベプシは、徒野さんからのものだった。
きっと尻尾が生えたらブンブンと振っていただろうに、荒北は周りにパァァと花を飛ばしているんじゃないかというほど喜んでいるのがわかった。



「荒北をよろしくと頼まれた」

「な…」

「荒北、お前の不調の原因は俺には分からん。
だが、俺達は王者箱学だ。お前もその箱学の一員だ。」

「……わァーってるヨ!!福チャァン!!」



荒北はベプシを開け、半分ほど一気飲みをする。



「俺は、強ェ」





その日の荒北の調子は、今までの不調がウソのように、最高の調子だった。




徒野さん効果、素晴らしいものだ。













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