one more time
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「…………やらかした」
朝。
私は時計を見た瞬間、ガクリと頭を下げた。
昨日はたまたま寝付けなくて、いつもより夜更かしをした。
最初はほんの数十分、そう考えていたはずなのに、時間は流れ一時間、二時間……気付いた時にはいつもの就寝時刻より三時間、遅くなってしまった。
寝坊しないようにしっかりと目覚ましもかけていたはずなのに、私の耳には届かなかったようだ。
一時間目は9時から。
私が起きたのは11時半。
もうすぐ、三時間目の授業が終わろうとしていた。
あぁ完璧なる遅刻だ。
しかも今日私が欠席した授業は、ノートめっちゃ書く先生じゃないか。
ジーザス。
仕方ない、そのノートは友人に見せてもらうとしよう。
そして残された残り3つの授業。正直その授業はHRとかなので、出なくても支障はないのだ。
ダイナミック寝坊をした私の頭のなかには、今から学校にいって授業を受けるということは消え去っていた。
「今日は、自主休校です」
私は一人呟いてから、財布やら携帯やらを持って部屋を出た。
寮を出て、向かった先は、
校舎の裏側。
人通りの少ないそこは、私のちょっとした安定スポットである。
手には鮭缶とやきそばパン、お茶が入ったビニール袋。
先ほど、コンビニで調達してきたものだ。
そしてその鮭缶をベリベリと開け、道端に置く。
これは、私が食べるわけではないのだ。
「おーい黒猫やーい。出ておいでー」
茂みに向かって、私は声をかける。
決して私は目に見えない物が見えているとかいうイタイ子ではない。
いるのだ、その茂みのなかに。
すると、鳴き声をあげながら表れた。
そう、黒猫が。
まんまると肥えた黒猫が。
「ひぇー、あんたまぁたデカくなったでしょ!肥満だよ、肥満」
私の足元にスリスリと体を擦り付けてくるそいつは、私が高1の時に発見した迷い猫だった。
見つけた当初は子猫で、今より2まわり以上小さかった。
なのにどうして…規定のエサ量しかあげていないのに、こいつはこんなにまるまると肥えてしまったのだろうか。
鮭缶をかっ食らう黒猫を見ながら、私はそう思った。
と、餌を食べていた黒猫が急にピンッと耳を立て、缶に突っ込んでいた顔を上げた。
そして缶の中身を少しだけ残したまま、どこかにテトテトと歩いていってしまったのだ。
え、どこ行くのと思いその猫を見つめていると、1つの茂みにたどり着き、そこに向かってにゃぁと鳴いた。
すると、あっち行けという聞きなれた声が1つ。
「……あ」
「……。」
茂みから現れたのは、荒北だった。
おおおまじか…こんなところで会うとは。
少々の気まずさを感じつつ、缶のところに戻ってきた猫を間にはさみ、私達は隣に座った。
「荒北も、この猫知ってたんだね」
「アー…高1の時にみっけた」
「え、子猫のとき?」
「ウン」
「私も子猫のときに見つけたんだよ!
なんだー、私以外にもこいつのこと知ってる人いたんだねぇ」
私がそう言って笑うと、荒北はなぜかそっぽを向いてしまった。なんだコイツ。
黒猫はもう餌を食べ終わってしまったようで、こちらをジッと見ている。
なんだ、まだおなか減ってるのか?
しかも視線の矛先は、荒北の袋だった。
「ンダヨ、今日はやんねーヨ。今食ったばっかじゃねェか」
「ニャーオ」
「ニャーオじゃねェヨ、ったく寝てろ。」
「え、なに荒北も餌持ってるの?」
荒北が袋から取り出したのは、私と同じの鮭缶だった。
まじか、もしかして私達は自分以外餌を上げているということを知らなかったから、一回の食事に鮭缶を2回あげてしまっていたのか。
だからこいつもこんなにまんまるこに…。
「荒北、食事分担しよう」
「アァ?」
「私達きっと、朝昼晩って、2個ずつ鮭缶を与えていたんじゃないかな、こいつに。
だからこんなに太ったんだよ。」
「あぁ、マジかよ。だァからアホみてェに食欲あんのかコイツ…」
「生き物の体調管理は、私達人間の使命だからねぇ…」
また猫がにゃぁと鳴く。
今日からコイツのダイエットを決行せねばなるまい。
「じゃあ俺が朝と夜やるわァ」
「え、2つも?いいよ部活大変なんだし」
「俺は朝練あるし、夜もお前あぶねーだろ。
昼だけ頼むわ」
「あ、ありがとう…」
荒北のちょっとした優しさに、思わず素直にお礼を言ってしまった。
負担を作ってしまったかなぁ、申し訳ない。
「てェか猫より、テメェだよこのバァカ」
「え、なに!?ちょ、拳骨しないで痛い!!」
「ナァニ一丁前に授業サボって猫の世話なんかしに来てんだヨ!このバァカチャンが」
「しょ、しょうがないじゃん!起きたらもう11時半で、もう授業面倒くさくなっちゃったんだよ!
てか荒北もサボりじゃん!今授業中じゃん!」
「4時間目自習だボケナス。
てか寝坊なんかしてんじゃねェヨ。」
「自然の原理!」
「自己管理の悪さだ!!」
ギギギギ…と2人でにらみ合う。
そしてふとお互いの目力が緩まると、2人して笑った。
なんか、懐かしいかもしれない、この感じ。
前はよくやっていたし、話さなくなってからそれほど時間も経っていないのに。
ただこのいがみ合いが、どうしても嬉しくなってしまった。
「なんか久しぶりだね、こういうの」
「べつにィ俺はお前と離れてせーせーしてっけどォ」
「は、嘘付け。私がいなくなって寂しいくせにさぁ」
「アァ?黙れボケ。寂しくなんかねェヨ
まァうるせェのがいなくなって、授業つっまんねぇけどネェ」
荒北はそういって、ポンポンと私の頭を軽くたたく。
前から私の頭を触るのは荒北だけだったから、久々の感覚にくすぐったくなり、少しだけ頭を摺り寄せた。
「なっ、テメェ……」
「え、なに?」
「〜…っ!!
ほん、と…そういうのサァ…セケェ!!」
「え、なにが!?なに!?」
「ウッセェ!とっとと寮帰って寝てろ!!」
荒北は私の頭からバッと手を離し、先ほど来た道へと歩いていってしまった。
「なん、で…耳真っ赤なん…」
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