WE ARE HAKOGAKU!!
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日常なんてものは、簡単に壊れる。
「…なんじゃこりゃ」
今日はいつも通りの時間に起きて、いつも通り朝練に出て、いつも通り授業を受けにきたはずなんだ。そしていつも通り私は靴を履きかえるべく自分の靴箱をあけた。しかし中に入っていたのは、自分の上履きと、コンパクトに折り畳まれた一通の紙切れ。
なんだか嫌な予感がしたので、ギャーギャー騒ぎながら靴を履き返している尽八たちには見えないように、私はその紙切れをこっそりと開いた。
「……。」
そこに書いてあったのは、たった一言。
『男好き』
ただそれだけだった。
…これは、そういうことだよな。
「棗」
「ひっ!……なんだ、寿一か」
「すまない。ずっと返事がないので、驚かせてしまったな」
「ううん、私もボーッとしててごめんね」
どうやら寿一の声が聞こえないほど、私はこの紙切れに意識を集中させてしまっていたらしい。まずいまずい、こんなのに構っている暇なんてないのに。
「その紙はなんだ」
「…あぁこれは、うん、ただのゴミだよ」
「そうか」
「うん」
その紙をぐるぐると丸め込み、近くにあったゴミ箱へとシュートした。やっと履き替え終わった3バカと私と寿一で教室を目指すべく、ゆっくりと歩き始めた。楽しそうに談笑する4人だが、私はただ一人、脳内をフル活動させていた。
寿一に、みんなに迷惑かけるわけにはいかない。
隠さなきゃ。
私は人知れず、手を固く握りしめた。
**********
4限目。
あと数分で、この授業が終わろうとしていた。
あたりを小さく見渡せば、寝ないように真剣に先生の話を聞いている尽八と、先生にばれないようにモッサモッサとおにぎりを食べている隼人と、爆睡をかましている荒北が目にはいった。その光景を見て、ひとりクスリと笑う。
しかしそんな私の頭の中に過ったのは、今朝のあの手紙だった。
字的にあれは、女子が書いたと思われるもの。というかあんなの書くの、女しかいないだろうな。
また小さく見渡せば、尽八や隼人に目を向ける女子生徒数名が目に入った。
そう、彼ら自転車競技部の選手は最近人気が出るようになってきたのだ。なぜかってそりゃあ、箱根学園随一の部活であるし、なによりイケメンが多いとの噂だ。私からしてみれば問題児しかいないようなものだが。
まあそれはともかく、その中でも女子から壮絶な人気を誇る2代トップであるのが隼人と尽八であるというのがつい最近の調べでわかった。調べというのも私がこうして行っている人間観察によるものであるが、おそらく間違ってはいないだろう。
みなさんここらでお気づきになるとは思われるが、そう、私はこの2代トップを含めた自転車競技部の面々と仲が良い…と思われる。お昼だって、ともにしているし。それは私に友人がいないからだが。
だから正直なとこ、今日の手紙を見て「あぁついにきたか」と思った自分もいたのだ。心の中のどこかで、いつかきっと女子に殺されるだろうなと思っていた自分もいた。
しかしだからといって、選手との仲を乱したくはない。友人でもない女からの攻撃によって嫉妬によって、ようやく築けてきた選手との仲を、同じロード大好きな者たちとの仲を壊したくなんてなかったんだ。
まあ、大丈夫だよね…高校生だし、いくらなんでも漫画みたいな過激ないじめ?なんてことには発展しないだろうし。
「大丈夫……だよね。」
「ナァニが大丈夫なの?徒野チャァン」
「うぉ!…なんだ荒北か」
「ナンダたぁ良い挨拶だなテメー。
大体おっさんみてぇな声出してンじゃねェヨ」
「おっさんにおっさん言われたくないな」
「誰がオッサンだ!」
いつからかはわからないが、荒北が私の席の前に立っていた。キレる荒北をシカトし時計を見れば、すっかり授業終了時刻はすぎていた。教室を見渡せば、みんな思い思いに席を立ち、お昼の準備に勤しんでいる。なんだ、考え事をしている間におわってしまっていたのか。またも自分が集中していたことに驚き、数回頬をポリポリとかいた。
「オラ、飯行くぞ」
「うん、今日どこで食べるの?」
「学食じゃナァイ?」
「そっか、何食べようかな」
痺れをきらした荒北が私に向かってそう言う。
ほら、平気だ。横目で女子の反応を見るが、誰一人私たちのことなんて気にしちゃいない。大丈夫だ。
荒北に続いて席を立つと、入り口の方で隼人と尽八が立っていた。
「ごめん、お待たせ」
「遅いぞ棗!何をボーッとしていたのだ!」
「ごめんて、ちょっと考え事してた」
「アァ?お前に考える脳なんてあんのかヨ」
「ぶっ飛ばすぞ」
爆笑している荒北と尽八に私は青筋をたてる。するとそんな私の頭を、大きな手が触れた。
「隼人、」
「おめさんにだって、悩みはあるよな。今日だって朝練遅刻した選手叱ってくれたり、仕事も忙しいだろうに」
私の頭を撫でながらそう言ってきた隼人に、私は思わず嬉し泣きしそうになった。なんだこいつは、天使か。
私が一人感動していると、舌打ちをした荒北が先に食堂へと歩いて行ってしまった。それに気づいた尽八が早くいくぞ!と私の腕を引っ張り、私たちも走り出そうとした。が、
「色目使ってんじゃねえよ、男好き」
「―!!」
私は足を、止めた。
不思議に思った2人が「どうした?」と聞いてくる。
いま、確かに―
バッと教室を振り返ったが、誰も私たちの方を見てはいなかった。
心臓が、嫌に高まる。
「棗?」
「あ、ごめ…なんでもない。いこ!」
「「?」」
頭に疑問符を浮かべる2人の背中を押し、私たちは食堂に向かった。2人を心配させないように、ひきつったような笑顔を浮かべながら。
私はただ、歩いた。
そんな私を嘲笑うかのように、口角をあげる人間がいるとは知らずに。
これが
嵐の始まりであるということも知らずに
*