WE ARE HAKOGAKU!!
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俺が最近入った部活には、マネージャー1人いる。
そいつは女で、まァ多少美人の、教室とかでバァカな男共にちやほやされてそうな、コギレーな女。
しかしそいつは教室で男と話すどころか、クラスの女ともロクに話もせず、取り巻きみてェな変な女四人に囲まれていつもボーッとしている。
しかもこいつと初めて会ったのはこの部活でではない、廊下でだ。最悪の第一印象だった。俺の髪型を見た瞬間にタケノコと言いやがった。俺はタケノコ好きだが、他人に、しかも全くしらねェ女に言われたのがカンに障った。
俺が部に入ってから数ヶ月経ったが、それでもコイツの訳わかんねェ印象は変わらなかった。
「荒北くん、大変だねぇ」
「見てんじゃっ……ねェ、ヨ!!」
その訳わかんねぇ女、この部のマネージャー、名前は徒野棗。
そいつは俺が今日も今日とて鉄仮面から与えられた鬼のようなメニューをこなしているのを、ボーッと見ていた。
冬だからやることがないのか、それとも冷やかしなのか、この季節に相応しくない半袖短パンの俺とは反対に、寒そうに何枚もの上着を着た徒野。
「今日は何時間?」
「ッセ!失せろ!!」
「今は2時間経過、か。3時間も大変だねぇ」
「ウッザ!!」
徒野は俺の近くにあったストップウォッチを拾って時間を確認すると、そう言った。
俺はコイツが気にくわない。
出会い方のせいでもあるが、俺が練習しているときは1回は必ず冷やかしなのかジーッと見てくるし、廊下で会った時も来やすく話し掛けてきやがる。
それにそもそもこんな女がここにいる時点で、男目当てでマネージャーやってるとしか思えねェ。
それら全て含め、俺はこの女が気に入らないのだ。
「棗、ここにいたのか」
「あ、寿一。ちょっと荒北くんの練習を見にね」
「冷やかしに、来た、だけだろっ……!!」
「いやだなぁ、冷やかしになんて来ないよ」
がらがらと扉が開いたと思ったら、入ってきたのは鉄仮面だった。鉄仮面の言葉に徒野がそう言ったのを、俺は定まらない息のままそう言い放った。しかし徒野はそんなの何ともないように、平然とそう言う。
なんで俺を怖がらねェんだ、コイツ。
「それじゃあ私は他の練習見て回るから」
「あぁ、頼む」
俺がそんな疑問を抱くなか、徒野は鉄仮面と入れ替わるように出ていった。
残されたのはペダルをジャカジャカ回す俺と、鉄仮面。そいつの手に握られているのは、先ほどまで徒野が持っていたストップウォッチ。
「……ッオイ」
「なんだ。あと40分はあるぞ」
「そうじゃねェッ!……あの女、テメーはどう思ってんだヨ!」
俺がそう叫ぶと、鉄仮面は何がだ。と逆に質問してきた。
何が、そんなん決まってんだろ。
「王者だ強いだ言っときながら、あァんなッ、モロ男目当てですみてェな女マネージャーいれといて、良いのかっつー……こったヨッ!!」
俺がペダルを回しながら叫ぶ。鉄仮面は俺の言葉を聞いたあと暫く黙って、そして口を開いた。
「棗は、どの選手よりも強い意思でこの部活をやっている。」
「アァ……?」
「生半可な気持ちで、ロードに関わっているわけではないということだ。」
「!」
鉄仮面は、俺の目を見据えて、はっきりとそう言い放った。
「お前にも、時期わかることだ。」
鉄仮面はそう言って、俺がどういう意味だと問う前に、無駄口を叩かずペダルを回せと言ってきた。
俺はウルッセェ!とだけ返し、またペダルを回すことに集中する。
しかし、俺の中で疑問が解決することはなかった。
**********
それは、練習終わりのことだった。
今日も地獄のようなメニューをこなした後、俺は重たい足を引き摺りながら部室に入った。
そこにはもう誰もおらず、俺だけ。コッチのが気楽で良いわと俺をチラチラ見る選手どもの視線を気にしなくていいという小さい解放感に喜びを覚えながら、ベンチにドカッと座った。
すると、部室にある小さな机に、ノートが広げられていた。なんだかそれが気になり、俺は重たい腰を上げてノートに近づき、それを手に取った。
「……ンだこりゃァ」
そこに書いてあったのは、恐らく選手一人一人の名前と、今日の体調、怪我の状況、練習メニューなど、それはまた事細かに書かれているノートだった。
しかも、だ。部活ノートと書かれていないというこたァ、これは個人のノートであることがわかる。
一体、誰の。そう思った俺だが、その綺麗な字から、誰が書いたのか俺は分かった。
瞬間、部室の扉が開く。
現れたのは、
「お疲れ様、やっぱりまだいたんだね」
俺の予想していた人物、徒野だった。
「……テメェ、このノート」
「ん?あぁそれ」
「これ、テメェが個人で書いてんのか?」
「うん、私の。
書いてたんだけど、仕事1個忘れてて、開いたまま外出ちゃってさ」
中見ちゃったよねーと笑う徒野 。やはり、こいつが個人でやってた物だったのか。
なんで、こいつはこんなにも。
「お前、男目当てじゃなかったのかヨ」
俺がそう言うと、徒野の目付きが変わった。
だってテメェは男にちやほやされてそうな女で、この自転車部でもちやほやされてて、明らかに自転車知らねぇって女で…
なのになぜ、このノートからこんなにも自転車への思いが伝わってくるんだ。
「私、ロードは本気だから。」
徒野は俺を真っ直ぐ見て、そう言った。その声は、とても凛としていた。
「前に言ってたよね、荒北くん。私があなたを冷やかしにきてるって」
「……ホントのことだろーが。」
「あなたの練習を見なければいけないから。」
「……ア?」
「あなたの練習を見て、観察して、改善すべき点を寿一に報告しなければならないから。」
徒野はそう言って、俺の手からノートを取った。そしてまた俺に目を合わせ、言う。
「荒北くん、あなたはきっと強くなる」
「ハァ?」
「私は王者になりたい。優勝したい。その為には強者が必要なの。」
「ナニ言ってンだ、お前……」
「私は本気だよ」
徒野は真っ直ぐな目で俺を見て、そう言った。
こいつが本気だということは、この目と、このノートで分かった。
こいつは、徒野は男目当てなんかじゃねェっつーことかヨ。
なるほど、あいつらがコイツに構う理由、なんとなくわかんぜ。
「……俺は、誰にも負けねェ」
「うん」
「だからしっかり見とけよ。
徒野チャン」
「……うん!」
徒野はもう一度強く頷いたあと、笑ってみせた。俺も口角を少しつり上げる。
一番気に入らねェ女は、今日でまぁまぁ気に入った部類に入った。
*