WE ARE HAKOGAKU!!
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あれから、時は流れ―
ようやく夏休みに入った私達箱学生。
そしてすぐに向かえたインターハイ。
各高校各選手達が死闘を繰り広げる中、見事その三日間の頂点に君臨したのは、我等が箱根学園自転車競技部だった。
私はまだ1年生で、学校に残る選手達のサポートするためインターハイを観に行くことは出来なかったが、その朗報を知らされたときは、声を上げて喜んだ。
そんな名誉ある先輩達が引退して、私の大好きだった男子マネの先輩も引退して、夏休み一層厳しくなった練習に必死にかじりついていく選手と、それを支えるマネージャー私1人。
辛かったが、あれよあれよという間に夏休みは過ぎていった。
そして、学校が始まって、数日たった、ある日。
事件は起こった。
「いだっ」
ドンッとすれ違い様にぶつかる肩と腕。
正直当たりどころが悪くものっそ痛かったが、ぶつかってしまったのは私も同罪なので謝ろうと振り返る。
が、その時に、見えた髪型。
「タケノコ……?」
「アァ!?」
私がそう呟くと、タケノコ…もといタケノコのような髪型をした男子生徒は、勢いよくこちらを振り返った。
よくよく見るとそれはタケノコなんかじゃなくて、リーゼントだった。
うわ、ふる!このご時世にリーゼントは古い!!
しかも思わずタケノコと呟いてしまった私に彼は相当キレていて、眉間に皺を寄せながらこちらにズンズンと近付いてくる。
こ、こええ。
「オイテメェ、今俺のコトなんつった?アァ!?」
「い、いえ、あっしは特になにも……」
「ナァニがあっしだよ!大体肩ぶつかっといて、謝罪の一つもねェたァどーゆう了見だァ?」
間近で叫ばれ、舌打ちをされる。
怖さのボルテージが上がりきってしまった私は、逆に何だかその発言にイラッイラしてしまい、彼をキッと睨み付ける。
こう意気がってるヤンキー風情は、好かないのだ。
「アァ?ンだその目ェ」
「…謝るんだったら、あんたも謝んなさいよ」
「ハァ?!バッカじゃねェの!
テメェがぶつかってきたんだから、テメェが謝るのが筋ってもんだろーが!」
「私が先にぶつかってきたなんて証拠、どこにあんのよ!
そっちがボーッとして歩いて来たのが悪いんじゃない!?」
「………ッテンメェ!!」
謝るはずが、どうしてこうなったのか。
止まらない私の口にとうとう彼がキレ、私の胸ぐらをガッと掴んだ。
殴られる!そう思い、目をギュッと瞑る。
「……?」
……が、来るはずの痛みはこず、気付けば掴まれていた胸ぐらも、離されていた。
「…チッ、」
彼は一つだけ舌打ちをした後、そのまま廊下を歩いて行ってしまった。
「…何なんだ、一体。」
結局、殴られはしなかった。
私も少々口が過ぎてしまったかなと反省し、彼と同じように私もまた廊下を歩き始めた。
それが、一ヶ月ほどの前の話。
私は人生初めてヤンキーに絡まれたのである。
*********
「………え」
そして、現在。
私はとんでもない光景を目の当たりにしている。
その、今しがた話しにあげたタケノコヤンキーが、あろうことか、寿一の、彼の大事なビアンキに勝手に乗っているではないか。
最後の戸締りのために歩いていた私は、その光景を見て思わずその足を止めた。
そしてバレないように校舎の壁に隠れる。
「あ、あいつ…なんてこと…」
何故隠れてしまったのかわからないが、私は彼がバイクに乗っていることに対し、尋常じゃないほどの焦りを感じていた。自転車バカ特有の焦り。
なぜなら、彼がビアンキに何をしでかすかわからないからだ。
私に、女に暴力を振るわなかったとしても、彼がバイクを傷つけないという保障はない。
それに、
「イデッ!」
すでに、何回も転んで傷をつけていると思われる。
あぁぁぁ、綺麗なビアンキが、チェレステが傷ついてしまう。
「も、ダメ、我慢ならないっ…!」
言わなきゃ、止めなきゃ。
そう思い隠れていた物陰から出ようとした、
その時。
「やめろ、棗」
何者かにグイン腕を引かれ、壁に引き戻される。
勢いよく私が振り向くと、そこにいたのは、そのビアンキの所有者、寿一であった。
「寿一……!
なんで止めるの。あのタケノコはあなたのビアンキを―」
「良い、貸してやれ」
「っでも!」
「良いんだ。」
反論しようとした私に寿一はもう一度強くそう言った。
私は観念して、再度物陰に隠れる。
彼と同じように、私も彼を眺めた。
そんな私達の一悶着を知る由もない彼は、文句をたれながらまだビアンキにまたがっていた。ペダルを踏むがあまり進まず、こける。
それを数回繰り返す。さすがにもう良いだろうと私は思ったが、それでも、彼は
「……諦めない」
ぽつりと、私の口から溢れた。
彼はアホみたいに粘り強く、こけても、倒れても、その体を何度打ち付けても、諦めず立ち上がり、またペダルに足を置く。
何度こけても、それでも進みたくて、諦めたくなくて――
「似ているだろう、お前に」
「え?」
寿一は私に聞こえるか聞こえないかの声でそう呟くと、私がどういうことか問う前に、寿一は壁の陰から出て行ってしまった。
どういう、ことだったんだろう。
「前を向いていないからだ」
考える私の耳に入ってきた、寿一のその凛とした声に、私の意識は現実へと戻された。
それは私に向けられたものではなく、タケノコに告げられていたものだったが。
私も壁の陰から体を出し、寿一の横に並ぶ。
ハッキリと見たタケノコは、ヤンキーらしからぬ大量の汗をかきながら、必死に自転車にかじりついていた。
「て、てめェ見てやがったのかヨ!
…って、お前ェ!この前の!!」
「ど、どうも〜」
寿一さらには私もいたということに気付いたタケノコは、顔を真っ赤にさせる。
寿一はそんなの気にせずに、「俺のだからな」と冷静に答えた。
「な…借りてるだけだバァカ!」
「こけて傷たくさん付けてるのに…」
「アァ!?」
私がボソリといった言葉も彼には届いてしまったようで。
彼は私にまるで野獣のように威嚇してきた。こわい。
「前を見ろ、遠くを」
「…アァ!?」
寿一のその、低く、しかし力強い言葉に、タケノコは反射的に前を向く。
「すべてを忘れろ、過去もしがらみも。
自転車にはエンジンはついていない。進むも止まるもお前次第だ。
進まないのは、お前が進もうとしていないからだ」
「―オレ、が…!?」
寿一のその言葉に、タケノコは言葉を吐き出す。
私の心臓も、きっと彼と同じように、ざわざわと騒いでいた。
寿一の言葉は、いつだって私を貫く。
「前だけを見ろ、全てを使って進もうとしなければ、
自転車は速くはならない!!」
その言葉に、彼の目の色が変わる。
纏う雰囲気が、確かに変わる。
そして、先ほどまでふらふらと自転車に乗っていた彼が、
確かに、しっかりと動き出した。
*