と宝物

□気になる、あの娘
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「今、片思いしてるんですよォ」

馴染みの喫茶店『アロエ』の一角で溜息混じりに呟いたのは顔に似合わずパティシエをしている干柿鬼鮫だ。腕前は確かで、賞をいくつか取っていて、今は一流菓子店で働いている。

「クック…そりゃーお前の面じゃ、片思いだろうな」

真剣に言っているのであろう鬼鮫を茶化したのはパティシエ仲間で飴細工をこよなく愛する園栄サソリ。茶化すだけ茶化すと、興味が無くなったのか新作飴細工のデザインをスケッチブックに書き始めた。

「すみませんねェ、こんな面で…」

沈んだ声を聞き、新聞を読んでいた黒鐘角都が顔を上げた。和菓子職人である角都は落ち着いた雰囲気があり、喫茶店であるにも関わらず和服を着ている。

「サソリ、あまり虐めるな。こいつを虐めて良いのは俺だけだ」

「あー、そうかい」

「良くないんですけどねェ…」

「…それで?詳しく話したいなら、話せ。聞いてやらん事もない」

二人は鬼鮫と幼少の頃からの仲なので、冷たいように見えて本当は気にしている。その証拠にスケッチブックを畳み、新聞をラックに戻した。

「先月、仕事帰りの電車で…」

「一目惚れか」

「いえ、その時は何も思わなかったんですがァ…引っ付かれてビックリしましてね」

「…引っ付かれた?貧血で寄り掛かった、とかじゃねえのか?」

「いえ、ただ引っ付かれたんです」

鬼鮫の話しを聞き、二人を顔を見合わせ、それから鬼鮫の顔を見て、また顔を見合わせた。
鬼鮫は正直言って、見目好くない。更に言えば怖い。女の子が自分から引っ付くなんて有り得ない。

「それから殆ど毎日、引っ付かれるようになりましてねェ…」

「引っ付かれるうちに惚れたってか?」

「はい。だって、その方は凄く美人なんですよ。引っ付かれ続けたら惚れちゃうでしょう?」

「…美人か」

「多分、学生で…とても細身でボーイッシュな服装が多いんです。化粧していないのに睫毛が長くて肌が綺麗で長い黒髪が美しくて、とにかく美人なんですよ」

「いや、聞いてねーよ」

まだ話そうとする鬼鮫にサソリがツッコミを入れていると、喫茶店の店長である双子、糸色黒也と白也がコーヒーのお代わりを持ってやって来た。

「テメーら、飲み物だけで長居するんじゃねぇよ」
「ハロー。ねぇねぇ、その話し聞いてもいい?」

双子だが性格が真逆な二人。黒也はコーヒーを入れるとさっさと立ち去り、白也は残って鬼鮫の横に座った。

「告白するの?鬼鮫と付き合えたら、その娘もきっと嬉しいよ。美味しいケーキ毎日食べれるし」

「私の取りえはケーキだけなんですかァ?」

「あとねー、優しい。ねぇ、いつ告白するの?」

「いや、告白は…」

「こいつ、フラれっぱだから告白して傷つくのが嫌なんだと」

「ふん…臆病者が」

「後輩のデイダラさんを好きだから虐める人と、たまに来る銀髪さんに片思いしている人に言われたくありませんねェ」

痛い所を突かれた二人はグッと言葉を飲み込んだ。実はこの三人、揃って片思いしている最中だったのだ。

「引っ付くなら向こうも鬼鮫が好きなんじゃないのー?その娘、どんな感じなの?」

「それは…。あの、勘違いか自惚れかもしれませんがァ……う、」

「う?」

「うっとり、しているように見えるんですよォ…」

うっとりしている姿を思い出しただけで気恥ずかしくなり、俯いた。

「じゃあ、好きなんだよ!告白しなよー!」

間違いないと、白也は騒ぎ立てる。しかしサソリと角都は何かおかしいと首を傾げた。

「ちょっと待て。なんかおかしいだろ?だって、鬼鮫だぞ」

「有り得んな。…鬼鮫、その娘が引っ付く時の条件とかは無いのか?」

「条件?うーん…仕事帰りの電車でしか引っ付かれた事がないので分かりません」

仕事帰り…。仕事帰り!?もしや、と角都は鬼鮫の胸倉を掴んで引き寄せる。

「な、何ですか急に!?」

服に顔を埋め、しばらくするとゆっくりと離れた。

「リンゴとシナモンの匂いがする…」

「今日からリンゴ祭を開催したので、ずっとリンゴ菓子を作ってましたからねェ」

「…これだ」

「これ、と言いますと?」

「…菓子の匂いにつられて引っ付いているんだろう。女は菓子が好きだからな」

角都の推理を聞き、鬼鮫の動きが止まった。

「クックッ…成る程な」

「…泣くなよ?」

「鬼鮫ー、お酒飲む?」

三人の言葉が耳に入っていないようで、鬼鮫は微動だにしない。
そのうち、三人にも黙ってしまった。

−づかづかづか!

物凄い足音をたてて黒也がやって来た。

「向こうが好きじゃねぇから諦めるのか!?告白しないと一生後悔するぞ!!それでいいのか、鬼鮫!?」

いつもの黒也からは想像できない大声で怒鳴る。

「だって、私はこんな外見ですから…」

昔から言われているせいで鬼鮫は外見に全く自信が無い。だから、かなりの腕前のパティシエなのに雑誌の取材に出た事がない。もちろん店に顔を出した事もなく厨房にこもっている。そのため『ミステリアスな美形パティシエ』と都市伝説になりかけている。

「そんなもん知るかっ!?告白しないなら二度この店に入れないからな!」

「しかし…」

「うじうじするな欝陶しい!今日は帰れ!!」

黒也に押され、鬼鮫は無理やり店を追い出された。
怒鳴り過ぎた黒也が肩で息をしていると白也が心配そうに覗き込んできた。

「黒也、本当に鬼鮫が好きなんだね」

「好きじゃねえよ」

「告白しなくて後悔する気持ちよく知ってるもんね」

「…五月蝿い」






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