と宝物
□It dedicates it by 10000.
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巽屋
冬に程近い秋の風が店の入口の隙間から入り込み、店内を冷やす。
冷え症である母親を気遣い、店番を代わろうと完二が家と店の境にある扉を開けると母親がこちらを向いた。
「あら、ちょうど良いわ」
なにが『ちょうど良い』のか分からず、完二が首を傾げると、母親はレジから数枚の紙幣を取り出した。
「あみぐるみの売り上げ金よ」
息子の初めての売り上げ金が誇らしいのか嬉しいのかは分からないが、母親は凄く暖かい笑みを浮かべている。
「いや、いーよそんなの、趣味でやってる事だし」
すぐに完二は断ったが、母親は近付いて来て、無理やり上着のポケットにお札をねじり込んだ。
上品に見えるがやはり完二の母親だと実感させられる行動力だ。
「お金を受け取らないのは、受け取る価値が無いと言ってる事になるのよ?皆さん、可愛いって嬉しそうに買って下さったんだから、代金を受け取らないと失礼よ」
あみぐるみを作るのに必要な材料費以外を返そうと思ったが、母親が言う事は確かに正しい。完二は思わず「あぁ」も呟くように言いながら頷いた。
店番はいいから、と言われた完二はあみぐるみ材料を買いにジュネスに来ていた。
場違いなホビー売り場を駆け足で物色し、買い物を終え、疲れた体を休めるためにフードコートへ向かった。
「なんで買い物で疲れなきゃなんねーんだよ…」
ふは、と息をはくとホット濃厚蜂蜜オレをよく冷ましてから飲み始める。
見た目で信じてもらえないが、完二は猫舌なのだ。
落ち着いたところで買った物と残金を確認する。必要な物はあるので、もう一度売り場に行かなくてすむ。残金はというと、ちょうど一万円残っていた。
一万円、どうするか…。
即座に浮かんだ案は貯金。
彼女のいるヤローならこの時期、クリスマスのプレゼント代にまわすのだろうが…あいにく完二に彼女はいない。
気になる人はいるのだが、いきなりプレゼントなどして直斗に怪訝な顔をされたら100%立ち直れない。
「お、完二?」
名前を呼ばれ、振り向くと花村先輩と買い物袋を携えた風宮先輩が歩み寄って来た。
「うーす、先輩らも買い物すか」
「あぁ、俺は相棒のお供っつー感じだな」
確かに花村は買い物したらしき袋を持っていない。対して風宮は両手に買い物袋を持っていて、特売帰りのオカンに似た雰囲気を醸し出している。
「…あみぐるみ?」
風宮は完二のファンシー柄の買い物袋を見てポツリと呟いた。
「い、いや、ち、ちげーっすよ」
「どもり過ぎだろ、お前…つか、ジュネスを無理やり知りつくさせられた俺がいんのに否定しても無駄だっつーの」
苦笑混じりにそう言った花村の顔には少しだけ哀愁が漂っていた。
「んで?買い物は全部終わったのか?今なら冬服とマフラーをセットでご購入いただけると、お買い得になるキャンペーンおこなっております」
冗談っぽい言い方の営業スマイルと営業トークに完二と風宮は思わず吹き出して笑った。
「買い物、終わったと言やー終わったんすけど」
「なんだよ、意味ありげだな?」
完二は直斗にプレゼントするかどうか悩んでいる事を先輩達に、言うか言うまいかしばし悩むが、一人で悩むよりかは…と思い相談する事にした。
「へぇー、直斗にプレゼントしたいのか」
「…怖い物なし…いや、冒険者級じゃないと」
相変わらず風宮が意味不明な事を呟くが二人は軽くスルー。
「なにプレゼントしたら変に思われずに受け取ってもらえすかね?」
「んな弱気でどーすんだよ、頑張れ男の子ってな!今ちょうどクリスマスに向けて一万円前後のアクセサリーを大量入荷してるんだよ。思いきってネックレスとか女の子らしーもんプレゼントしたらどうだ?」
ネックレスをつけた直斗…。
完二の想像力が低いせいか、ドッグタグをつけた直斗の姿が浮かんだ。
「ネックレスすか…風宮先輩なら、なに買いますかね?」
「俺なら…
ヒールゼリー \2900
カエレール
×2 \1900
ドロン玉
×2 \1900
ビフテキコロッケ
×4 \600
胡椒博士NEO
×5 \600
リボンナポリン
×5 \600
弱虫先生、最後の授業
\1500
で、ジャスト一万円」
「で、じゃねーよ、どんだけ知略の無駄遣いしてんだよお前!」
「つか、花村先輩…ツッコミ所間違ってる気がするんすけど」
二人が何故ツッコミを入れるのか分からない風宮は首を傾げる。
「お、そうだ…俺らよか女の子に相談したらどうだ?」
花村は我ながら、ナイスアイディアだと言わんばかりの笑顔を浮かべる。
「女にすか…女にプレゼントすんだから女に聞いた方が良いのは分かるんすけど…」
「けど?なんだよ?」
完二が言いにくそうにしていると、風宮が代わりに答えた。
「…里中だと体育会系のプレゼント、天城だとお笑い系になりそう…と完二は言いたいんだと思う」
風宮の代弁を聞き、完二はウンウン頷いた。
「なら、りせに頼んだらどうだ?」
確かにりせなら流行も知っているだろうしセンスもある。
完二は二人にお礼を言うと、すっかり冷めたホット濃厚蜂蜜オレを飲み干して、マル久へ向かった。
「なんで私に聞くかなー、完二のくせに生意気」
店の手伝いをしていたのか、りせは割烹着姿で仁王立ちして完二を睨む。
「テメー、いきなり喧嘩売んなよ」
「喧嘩なんか売ってないわよ。売ってるのはお豆腐、ほらほらほら」
「わーてるよ、んなもん」
ズズイと絹ごし豆腐を近付けてくる。
りさと絹ごしを避けると完二は溜息混じりに肩をすくめた。
「で、本題に戻すけどよ」
「本題ってなんだっけ?」
完二はガックリ肩を落としてから、手短に説明した。
「んー、その予算で服とかアクセサリーはちょっとな…あ、マフラーなんて良いんじゃない?一万円で高い素材買って、手編みマフラー!」
マフラー…、完二の得意とする分野。自信はあるが、その分気に入ってもらえなかったらダメージは大きい作戦だ。
「マフラーか…受け取ってもらえなければ自分で使えっしな、それにすっかな」
「バ完二!なんで最初から受け取ってもらえないの前提なのよ」
「バっ!?」
「そうだ、私のも作って直斗と同時にプレゼントするのはどう?私が受け取ったら直斗は断れないでしょ?ふっふっふ…我ながらナイスアイディア」
「だな、そうすっかな。直斗はやっぱ青で…オメーは何色だ?」
「ピンク!あ、ドピンクじゃなくて、パステル系の柔らかい色にしてよ?毛糸はウサギみたいなホワホワしたのが良いーな。あとー…」
「ついでなのに注文が多いっつの」
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