=弐

□私の名前は
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暖かい春のある休日。
智志は隣の県にある大きな公園のベンチで寛いでいた。
隣には近くの自販機で買った冷たい紅茶と、来る途中にあった商店街で買った山菜弁当、それと暑くて脱いでしまった薄手の上着が畳まれて置かれている。
携帯を開き、時刻を確認する。11時半、お昼ご飯には少し早い、お腹も大して減っていない。どうしたものかと、紅茶を飲みながら、まだ蕾の桜を見るともなしに見る。

−…メ

どこかで、人を呼ぶ声が聞こえる。
他にも聞こえるのにその声だけが何故か気になった。意識を向ける。

−キサメ

『キサメ』名前なのか単語なのか判断する事が出来ない、なのにその言葉がジワリと染み込み、胸に収まる。まるでここが帰る場所であるかのように。

「ほしがきキサメ…さん、ですか?」

すぐ横から声が聞こえる。顔を向けると、そこには驚く程綺麗な人が立っていた。
調った顔立ち、艶やかな黒髪、線の細い体。男性特有の線の固さと喉仏が無かったら、女性にしか見えない。
それらを差し置いて目を奪われたのは嬉しそうな表情だった。飛んでいった風船が手元に戻ってきて、安心し喜ぶ子供のように見える。

「…ほしがきキサメ、というのは人の名前ですよね?私は平凡なつまらない名前ですよ」

「そうですか…」

「すみませんねェ」

悲しそうに俯く姿を見て、思わず謝罪した。この人を悲しませてはいけない、そんな気がした。

「顔を知らない方を探しているんですか?」

「知っている…けど、知りません」

意味が分からない。智志は首を傾げた。

「ずっと昔、此処で会おうと約束した人です」

約束するくらい親しい人となると…幼なじみ、だろうか。

「良かったら、お話を聞かせて下さい。隣、どうぞ」

自ら人と繋がりを作ろうとしている。普段ならしない行動だ。自分でも、内心驚いている。こんな事をしたら名乗るのが礼儀なのに。

「ありがとうございます。…普段は人に話さないんです。でも貴方には話せそう…」

軽く一礼をして、荷物を挟み、智志の隣へ座った。


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