妖怪アパート

□一日遅れのバレンタイン
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バレンタイン
それは女の子の特別な日。
大好きな彼に想いを伝えるため、
大切な人に日頃の感謝を伝えるために設けられた日である。

しかし、それも昨日の話である。

きっと昨日はこの教室に甘い香りが漂っていたのだろう。


「大丈夫?名無し」

「熱下がった?」


田代と垣内が教室に入ってきた私に駆け寄る。
私は返す言葉がなくて曖昧に微笑み返す。昨日の夜は落ち込み過ぎてご飯すらまともに食べられなかった。

マフラーを外すとそれまで隠していた真っ赤な鼻が露わになる。
ヒリヒリと痛むのは寒い中歩いてきたのもあったが、昨日鼻をかみ過ぎて荒れてしまったものだ。


「バレンタインの日に熱出すなんて」


運が悪いというのか、と後から来た桜庭が言葉を濁した。

教室は既にバレンタインの余韻は消えており、残すは3年生の卒業のみと気の抜けた空気が流れている。
中にはチョコレートを食べ過ぎてニキビが出来て落ち込む女子や、例年通り何ももらえなかった非モテ男子の虚勢と言う名の愚痴大会が広げられている。


「おはよ」


隣の席の夕士くんが登校したのを見て軽く挨拶を交わす。


「大丈夫か?」

「おかげさまで」


鞄の中から白い包みを取り出して差し出す。


「一日遅れだけど、いつもありがとう」


夕士くんは照れたようにほんのり頬を赤くして、少し視線をあちらこちらにキョロキョロと動かしてからそっと白い包みに手を伸ばした。

しかし悪戯心にその包みを上に持ち上げると、彼の手は何もない宙を掴んだ。

夕士くんがあっと声を漏らすと、眉間にシワが寄る。


「きっといっぱい貰ったんだし、いらないよね」

「いらないわけないだろ!」


と必死に私のチョコレートを取ろうと手を伸ばして、二人でもみくちゃになる。
髪の毛をくちゃくちゃにされて、こちらも丁寧に着られた制服のシャツを無理矢理にズボンから引きずり出す。


「はい、没収」


そんな私の背後から低い声が聞こえると手に持っていた白い包みをヒョイと取り上げられた。
あ、と私が声を漏らすのと同時に何か平たいもので頭をパシッと叩かれる。


「こういうのは先生の前でしないこと。昨日は大目に見ていたが、今日は他の先生は許さないぞ。」


睨みつける私を次は優しく頭を撫でたのは2−Cの担任の千晶直巳だ。プーっとほっぺを膨らます私の頬を指でぷつっとさすと唇の先から空気が抜ける。
彼はククッと喉の奥で笑うと優しく私の手に包みを握らせた。


「ほら、次はないと思っておけ。」


そう言って優しく笑った。
その逞しく綺麗な笑顔に見惚れる。
早く座れと近くの生徒に注意する先生を見ていると体の底から熱がふつふつと湧き出る。


「名無し?」


夕士くんが私の顔を覗き込む。彼の複雑な表情に首をかしげると、なんでもないと言葉を濁した。



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