妖怪アパート

□誰だっけ
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毎日のように掛けられるプレッシャーに心を病んだ私はアパートの住人にたまった鬱憤をぶつけてしまった。
彼らの優しさが、傷を縫合しようとする懸命さがささくれ立った傷口を逆撫でして。

私はこれ以上なにもできない。
私は無力なんだ。

優しく肩を抱いた秋音さんの腕を払い、慰める詩人の言葉を遮った。

きっかけは色々あったが、これといって断定できるものはない。
離れた両親からの愛情不足。
学校での表面上の友情物語。
成績不振。
お気に入りのセーターが虫に食われ、制服のプリーツに掛けたアイロンで火傷した。

小さな積み重ねが心を崩壊へ導く。


「大丈夫だって、名無しなら出来るから。今は辛いかもしれないけど」


無責任な夕士君の言葉に発狂した。
アパートの住人からこれでもかと愛情を注がれ、殴り合うほどの親友がいて、成績もいつも上の上。
素直に言葉を受け入れることのできる素直さなんか私にはない。

夕士君は小ヒエロゾイコンが使えるからいいよね。いつでも勇者だ、英雄だ。
悪い魔女を破りプリンセスを救い出す勇敢な男は人にはない特技や特性を備えている。

私には何もない。
せいぜい頑張っても村人Aが良いところ。

私の気持ちなんてわからないでしょう?
そんなことをまるでマシンガンのように彼に浴びせると、夕士君はわなわなと震えた拳を反対の手で覆って怒りを飲み込んだ。

わかっていた。
夕士くんの気持ちだって私もわからないこと。そして表に出さない悩み、苦しみ、様々な困難を超えて今があることを。

だから羨ましかったんだと思う。
そうやって悩めることが。がむしゃらに夢中に困難に立ち向かう勇気が。

そして悔しかったんだと思う。
自分が何の苦労もせず、のうのうと生きていることが。

やつあたり

その言葉が一番しっくりくる。
そしてその言葉を少ない語彙の中から見つけ出した時、みんなへの罪悪感と自分への嫌悪感に涙がこみ上げた。



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