馬鹿やって幸せ

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また痛い思いをした。
僕が弱いのがいけない、そう今のご主人は僕を罵倒した。その通りなんだ。

僕は昔から弱いから、お母さんと離れちゃって、人に捕まって、たらい回しにされて、僕が弱いせい。

今日も虫タイプにボコボコにされてしまって、ご主人にご飯減らされちゃった。「エンリーだって不本意よ?でも勝てなかった廻 が悪いの」そう言ってた。


虫タイプは苦手だから、なんて言っても聞いてくれなかった。言い訳だって、僕なら勝てるって。僕が、わるいの。

その虫タイプは新しく入ってきた可愛い女の子のポケモンが全部一匹で倒しちゃった。凄いんだ、ご主人の訳のわからない指示を全部無視して独断の判断で戦って。

ご主人は上機嫌でその子とルリリくんをブラシしてる。

僕はお腹が減って動けなくて、宿泊施設のベットのしたで寝てる。



『へったくそなくせにブラシなんてするんじゃないわよ!あーもー自分で舐めてた方がマシだわ!』

「魅恋!まだ終わってないわよ!」

『うるさいなぁ!アタシは自分でやるから飯でも食いに行ってなさいよ!』

「…そうね、水宝行こう?帰った頃には魅恋はピカピカになっているはずだものね?」



可愛いポケモンこと魅恋がご主人から逃げて来て追い払っちゃった。凄いなぁ、僕なんて丸まって震えることしかできないのに。

プリプリと怒ってる魅恋はベットの上にどかりと座って毛づくろいをし始めた。



『何がピカピカよ、ピカピカはピカチュウで充分…あら?』

『!』



僕が見てたのに気づいた魅恋。
少し考えたような仕草の後にベッドヘッドに置いてあった魅恋に与えられたそこそこ高いポケモンフードが僕の前に落とされた。



『お腹減ってるでしょう?ふふっ、食べていいわよ?』

『で、も…』

『ねぇアンタさ?王子様のこと知ってるんですって?』

『…王子?』

『アタシを助けてくれた王子様!逞しい身体にイケメンの!』

『あ、ナルのこと?』

『ナル!ナルって言うのね!素敵な名前…。』



うっとり、それからニヨニヨ、ギロリ。魅恋はコロコロと表情が変わって面白いなって思う。

ギロリと野獣の様な眼光は僕に向いていて位置的に僕が見下ろされてるからちょっと怖かった。



『それ、食べていいからもっとナル様について教えなさい』

『さま!?』

『文句あるの?』

『な、ないです…。』



ナル、正直あの人は凄い人だと思う。

僕やムウマにしつこく擦り寄ってきたりモフモフアタック!とか言って僕に顔をこすりつけてきたり、トットコゾロ太郎とか変な名前で呼んだり、人間に恐怖以外の、簡単に言うと怒りや殺意が湧いたのはナルにだけだった。

怖くなかった。初めて怖くないと思えた。



『ズルイ!』



思ってたことを全部伝えたら魅恋はそう言った。



『名前を付けてもらったですって!?アタシも王子様に付けてもらいたい!』

『…そこ?』

『そうよゾロ太郎!魅恋なんて未練って意味にも取れるじゃない!王子様に未練たらしくって意味!?嫌味でつけたに決まってるわ!』

『ゾロ太郎って呼ばないでよ』

『王子様に貰った名前よ、大事にしないならアタシがアンタを殺してその名前を奪うわ。』

『こ、怖いこと言わないでよ…。』



多分本気で言ってる。
ナル以外にもリオや一緒に旅に出た子達の事を話したけどやっぱり興味持つのはナルの話だった。
聞く話によるとナルとの出会いは守ってもらったってだけ。それでも魅恋の表情は幸せそうなものだった。
気になって聞いてみたけど『好きになるのに時間は問題じゃないわ、そんなの後から積み重ねられるんだから』だって。



『んー…!これで分かったわ!有意義な情報ありがとう!お食べ!』

『あ、ありがとう…。ところで何が分かったの?王子の名前?』

『それもあるけど王子様とあのアマと付き合ってないってこと。』

『え…、ナルは自分で恋人は布団ですとか言ってた残念な人だよ…。恋人なんて居るわけ無いじゃん…!』

『アンタ以外と臆病キャラな割に言葉が鋭いわね…。

まぁそんな話信じてなかったけどね。多方アタシを手に入れたかったアイツが適当なこと言ったのね。』

『…じゃあなんで大人しくしてたの?』

『アタシが信じてたのは殺処分の話。アタシみたいな喉から手が出るほど欲しくなるようなポケモンを生かして争いの手が多くなるより、殺して無かった事にして争うものをなくした方が賢明な判断でしょ?だから殺処分も有り得た訳。でも死にたくないし?』



僕は開いた口が塞がらなかった。
そこまで考えられて、そこまで考えないと生きていけない境遇に。
僕もそれなりに争いの種だ。昔から少ない個体とかで御先祖様が苦労して人に化けて生きていく道も開拓しなければいけなかったってお母さんに聞かされたことがある。

それでも捕まれば殺されるなんて話はもちろん出なかった。

殺される事を視野に入れてるのにそれでも気丈に着飾ることも媚びることもしないで自分の意志で生を掴む魅恋は、本当に強いと思った。



『あの女は悪い魔女なの。』

『?』

『それでアタシは囚われのお姫様!』

『お姫様…?』

『そのお姫様を助ける為に王子が今必死に後を追ってきてくれてるわ!傷だらけの体に鞭打って!ウゥッ…王子様!その方が燃えるでしょ!?』

『萌えるの間違えでしょ?』

『何でもいいわよ!生きる希望があるだけでこの反吐が出る様な環境でもやっていけるわ。』



魅恋は毛づくろいをし始めようとして何かを思いついたようにこちらを見た。



『アンタには生きる希望がないの?』



ならアンタもついでに助けてもらったら?

そう言われて僕が思いついたのはナルじゃなかった。

ポカポカあったかくて、優しいお日様とお花の匂いに、柔らかい笑顔の面白い髪型の女の子。

もし、あの子が僕を、救ってくれるなら。

僕もご主人に何されても耐えられそうだった。何度も僕を気にかけてくれて薬をくれた女の子。



『でも僕は、助けられるより助けたい。』

『…あらあらあらぁ?やっぱりあんたも一応男だもんねぇ?守る側でいたいのね!

なら飢え死になんてすんじゃないわよ?あとお腹が減って力が出ないもの許されないんだからね。』



だからアイツがそろそろ帰ってくるからその前に食え。

そう受け取った僕はポケモンフードにかぶりついた。久しぶりに十分な量を食べたのではないか。

僕は口の周りに付いていたカスもベロりと下で舐めとると魅恋が口笛を吹いた。



『肉食系♡』

『ねぇ。』

『んー?』

『ありがとう、魅恋』



驚いた様な魅恋の顔。それから直ぐににやりと笑った。

臆病は卒業しよう。まだまだ時間はかかるかもしれないけど、僕も誰かを守れるような強さが欲しいんだ。

魅恋は降りてきて僕にニコリと笑って

体当たりをかました。



『未練って呼ぶんじゃねぇよゾロ太郎!!!』



多分僕はこの恐怖よりさらなる恐怖を知らない















狐の密会

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