BOOK ワールドトリガー
□辻×氷見01
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最近、辻くんが私や犬飼先輩から離れなくなった。
具体的にいえば、鳩原先輩が近界に消えた、あの直後から。
「辻くん、近い」
「……ごめん」
「背後に立たれると邪魔よ。ぶつかりそうになるし」
私が飲むついでにお茶を入れてあげるから、ソファでおやつの準備をして待っていなさい。
そう言って今日学校でクラスメイトの女の子にもらった手作りのクッキーを指すと、辻くんは分かったと小さく頷いて作戦室に戻った。
辻くんの考えてることは、分からないわけではない。
けど、度が過ぎているとも思う。
だから、私は甘やかさない。
……そう、思っていたのだけど。
大きなソファで隣に腰掛けると、辻くんはぴったり私と触れ合うように距離を詰めてきた。
それどころか、クッキーもカップも持たない片手で、私のブレザーの裾をキュッと握ってくる。
「ねえ、ひゃみさん」
「何」
「ひゃみさんは先輩みたいに、いなくなったりしないよね」
近界に消えた鳩原先輩みたいに?
二宮隊長や、犬飼先輩や、辻くんを置いて?
「大丈夫よ」
「本当に?」
私を覗き込んでくる顔は不安の色しかなくて、人間に対してこういうことを思うのは失礼だと分かっていても、飼い主に置いて行かれかけた犬みたい。
試しに「お手」と左手を差し出してみると、辻くんは裾を握っていた手を私の手のひらに乗せた。
「ひゃみさんまでいなくなったら、俺は、平気な女の人が一人もいなくなってしまう……」
「そんな理由なの」
意地悪くふふっと笑うと、辻くんは違うと慌てて声を上げた。
「それも大変だけど、ひゃみさんがいなくなったら、寂しい」
「いなくなったりしないわ。安心しなさい」
辻くんが平気なたった一人の女の子。
自分のことをそう考えると、とてつもない優越を感じるのは否定できない。
可哀想な辻くん。
私たち二宮隊は欠陥のある人間の集まりで、それを克服しながら隊としてやってきたのに。
やっとこさ私と、そして鳩原先輩と慣れて、目を合わせて意思疎通できるようになったというのに。
そのうちの一人がいなくなってしまうなんて。
そう、辻くんは可哀想。
そして、優越感を持っている私は愚か。
「本当に大丈夫よ。あなたを……あと、二宮さんと犬飼先輩も、私は置いていったりしない」
諦めて、私は私のためだけに辻くんを甘やかす。
END
2016/06/17〜2016/06/21